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 新しい刑事司法の在り方を検討している法制審機会の特別部会がまとめた基本構想には、批判とも失望ともいえる声が聞こえてくる。1月18日に発表された部会長試案の段階で、新聞各紙も厳しい論調を掲げ、「朝日」は社説で「捜査当局の、捜査当局による、捜査当局のための文書」と切って捨てている。

 1月29日に出された基本構想では、焦点の可視化についての両論併記で、対象を裁判員裁判対象事件の容疑者について原則全過程としていたものを、対象事件範囲の拡大検討を盛り込んだものの、一方の対象範囲を取調官の裁量に委ねる制度案は維持される形になった。さらに捜査機関の「武器」となる通信傍受の拡大や司法取引が検討の対象にされた半面、弁護人の立会いを認める制度や捜査機関作成証拠の全面証拠開示制度の導入は検討対象から外れている。

 1月29日に基本構想について出された山岸憲司・日弁連会長の声明は、批判よりも要望が目立つ、ややおとなしい印象を受ける内容だが、委員の一人である宮﨑誠・元日弁連会長は、18日の試案の段階で、「捜査当局の焼け太り」と表現したとされ、同じく委員である郵便不正事件での冤罪被害者・村木厚子・厚労省社会・援護局長も、「これまでの議論は何だったのか」と語ったと伝えられている。

 要は大阪地検の証拠改ざん事件を受けた、いわば捜査側が猛省を求められたなかで始まった検討作業の結果で、捜査側の意向が強く反映したような提案が、なぜ、臆面もなく出されてくるのかということに対する、違和感である。

 捜査側が可視化法制化の交換条件のようにとらえてきた「武器」の話は、本来、冤罪防止という彼ら自身が抱えている最大のテーマの前に、そもそもバランスをとる議論をする筋合いなのかには素朴な疑問を感じるが、バランスすらとれていないという印象を強く持つ。

 そのことは彼らが、今、どういう重大問題を突きつけられているのかも、そしてそのために可視化がいかに重要な役割を果たすのかも、われわれが想像している以上に、認識していないことを意味しているように思えてならない。宮﨑元日弁連会長の「焼太り」という表現は、いくつかの新聞も自らの社説や解説のなかで使っているが、この文字が当てがわれること自体が異常な状態に思える。

 捜査側がわが国と違って、本心から可視化に積極的である国では、それ相当に、社会の側が捜査に対して、強い不信感を伴った厳しい目線を向けているという見方がある。捜査側がむしろ自らの捜査の公明正大性をアピールしようと思えば、可視化が最適という強い認識に至っているということだが、そこにはそれを当然と受け入れさせるような世論環境あるということだ。

 今後、部会の議論では、制度作りに向け、相当激しい議論も予想されているが、「裁量」という、いわば可視化を骨抜きにしかねない案を盛り込もうとする、その捜査側の思惑を見てしまうと、少なくとも現段階では、彼らを取り巻くわれわれの側の目線の厳しさもまた、足りないように思えてくる。

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