兄は、T弁護士から出された「条件」対し、反論した。まず、家族全員の状況を話したうえで、T弁護士の条件は厳しいとの見解を述べた。
「我が家から、先生の事務所まで、車で約3時間以上かかります。その上、父親は介護を受けている身で、足腰が弱っており、基本移動は車いすを使用している状態です。さらに、弟は関東に在住しています。姉も働いているため簡単に休みはとれないですよ」
こう伝えると、T弁護士は即座にこう突き返してきたという。
「じゃ、無理だな」
その間にも彼が今まで、法律新聞への投稿で展開していた主張なども引き合いにだしながら、彼との会話をつなげたが、私たちの案件への協力については、もはや箸にも棒にもかからなかったという。法律新聞編集長からの推薦もあっただけに、正直、落胆した。何でこの弁護士は、そこまで全員がそろって、ここに顔をそろえることにこだわるのだろうか。逆に、そのことへの不信感が高まっていた。
平行線をたどる一方、このまま、のらりくらりとかわされながらこの事務所にいても拉致があかないと判断した兄は、T弁護士に対し、苦肉の策としてこう切り出した。
「では全員がここに集まり、あなたに会い、それぞれの意見を聞き、話をすれば、引き受けてくれることは可能ですかね」
T弁護士の条件を満たすかいなか畳み掛けるように尋ねていくと、彼の表情は一瞬曇ったという。その問いに対して、兄の言葉を押し返すように、こういう答えが返ってきたという。
「いや、だれがひきうけるといった?ひとまず、会い、そして、話をまず聞いてからだよ」
要は、引き受けたくないのだ。それならば、なぜ、こんな回りくどい、断り方をするのだ。そう疑問に感じた兄は、最後にこう切り出した。
「あなたが、この案件を避ける理由は、やはり相手が、社会福祉協議会になるからなのですか」
彼は小声になり、どもりながらこういった。
「いや、そんなことはない。それは関係ない。まぁ、私は、この町でその、・・・そこの顧問をしているのだが・・でも、それは関係ない」
彼に何をどうお願いしようが、これは無理だと兄は悟った。
この時、私のなかで何かが吹っ切れた。そして、自分たちの力で裁判を挑みたくなっていた。私は兄に、「自分たちの力でこの民事をたたかってみないか」と言ってみた。既に兄も同じ気持ちだった。そして、「ここいらで、蹴りをつけよう」と。
最後に、兄にこのT弁護士は、これで相談料払ったか聞いた。
「ああ、しっかり取られたよ。30分、5000円ね」
兄は苦笑した。1時間半で1万5000円の出費だった。
「随分、回りくどくこねくりまわされながら話はされたようだが、結果、なんの収穫もなく、金はしっかりとられたんだな。まぁ、高い授業料だった思えばいいか」
私も笑いながら、兄に返した。
このことを振り返り、私が感じたことは、最初に相談した時にW弁護士が話してくれた、「司法の構図」を肌で感じた。ある意味、市民にとっては、突っ込んでみないことには分からない世界だった。この弁護士に関しては、正直、新聞などへの投稿のイメージとは違い、現実は、自己保身や利益ばかりを大事にしている人間に思えた。
無論、彼にも仕事を選ぶ権利もあり、引き受けるか断るかは、彼自身が決めることだ。だが、あえて一言をつけくわえるとすれば、彼も理想に燃え、正義実現を目指して、この世界に入ったのではなかったか。いつしか、彼も、世の垢にまみれ、本来の自分を見失った一人ではないかと。その時、私はこの弁護士に対して、そんな思いを持ったのだった。