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 〈一小判決が唱えた異論〉

 しかし、それは果たして刑事訴訟法の目的に適い、当事者ひいては一般国民が刑事裁判制度に思い描いている姿に合致するであろうか。

 「刑事訴訟法は一般法であり、裁判員法は特別法であるとはいえ、裁判員審理の対象となる事件では実体的真実主義が損なわれてもよいということは、刑事訴訟法も裁判員法も予定していないことであろうから、裁判員審理の場合であっても刑事訴訟法第1条の理念は十分に認識、実践されなければならない。ここまではまず異論はないものと思う」と西野教授が説かれるところ(前掲「裁判員制度批判」p204)、何とこの一小判決は異論を唱えているということになる。

 刑事訴訟法1条の立場からは、「ある程度の幅を持った認定・量刑」(前記白木補足意見)を許容する余地はない。その意見は裁判員制度推進の熱意の余り勇み足的に刑事訴訟法1条に違反する独自の見解を述べたとしか受け止め得ない。

 かかる白木意見と実質的には同一の発想の一小判決も容認し得ないものと言わざるを得ない。

 〈破棄理由余論〉

 ただし、ここで一つ断っておかなければならないことがある。最高裁大法廷判決(刑集10巻7号p1147)は、「第一審判決が犯罪事実の存在を確定せず無罪を言い渡した場合に、控訴裁判所が何らの事実の取調をすることなく、訴訟記録並びに第一審裁判所において取り調べた証拠のみによって直ちに被告事件について犯罪事実を確定し有罪の判決をすることは刑訴法400条但書の許さないところである。」と判示する。

 本件の控訴審が新たに事実の取調をしたかどうかは一小判決からは窺われない。被告人質問をしたかどうかも分からない。上告理由中にこの判例違反の主張があったか否かは不明であり、一小判決は原審のこの無罪判決破棄自判の判例違反については全く触れていないので、原審は最低でも被告人質問をした可能性はあるけれども、いずれにしても無罪判決を破棄し、有罪、実刑を自判することは被告人の審級の利益を害する可能性があり、その点の原審の対応についてはいささか疑問が残る。

 刑事訴訟法382条の事実誤認にかかる審査の基準とは別の視点、つまり前記の一審無罪事件について有罪の自判をしたという手続きの点或いは本件は一審が無罪の判決のなされた事案であり検察官の立証が合理的疑いを超えて有罪の心証を原審裁判官に抱かせるに足るものであったか否かという視点などから原判決を審査検討し、それに関する理由によって上告審が原判決を破棄し自判したというのであれば、特にここに問題として論ずる必要はなかった。



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