〈高い国民の非協力度〉
○ 辞退容認事例について
ところで、同月27日、松山地裁の傷害致死被告事件で調査票を送られた90人のうち28人が出席し、職員が「公判で被害者の遺体の写真を取り調べる、不安のある方は個別質問で話を伺う」と説明したところ、2人が「身体・精神・経済の重大な不利益」を訴え、辞退が認められたといわれる(朝日新聞デジタル2013年8月28日)。
調査票を送られた90人のうち、最終の裁判員候補者に選ばれたのは17人ということであるから、調査票を送付された者のうち2割弱の人だけが最終選考に残ったということであり、そのこと自体裁判員裁判への国民の非協力度の高さがうかがい知ることができることであるほか、この遺体写真の提示の予告によって2名の辞退が認められたということは、前述の東京地裁裁判官の申合わせと最高裁の通知が影響したことは間違いなかろう。
その国民の非協力度も重大なことであり当然に問題とされなければならないけれども、ここでは東京地裁申合わせの意味するところに絞って検討してみたい。
○ 今回の負担軽減策の法令上の位置付け
裁判員法16条は裁判員の辞退申立て可能な事情を列挙し、その8号で「その他政令で定めるやむを得ない事由があり、裁判員の職務を行うこと又は・・・裁判員等選任手続の期日に出頭困難な者」はその辞退申立てが可能なものとされている。そのやむを得ない事由を定める政令では、1号から5号までは具体的事情を列挙し、6号で「前各号に掲げるもののほか、裁判員の職務を行い・・・自己又は第三者に身体上、精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当の理由があること」を規定している。
今回の申合わせの内容には、立証の代替手段の有無の吟味という問題があり、それ自体検討を要すべき問題であるけれども、ここでは選任手続以前の配慮、選任手続における配慮として申し合わされた事項に関して、裁判員辞退の許否の判断基準、ひいては裁判員強制をめぐる制度の本質について検討してみたい。
○ 申合わせの検討
裁判員法27条1項は、前記裁判員辞退事由の判断は裁判所が行うこととされており、その判断はケースバイケースで各担当裁判所においてなされるべきものであるから、この申合わせもあくまで担当裁判所の判断の参考に過ぎないものであり、また、各申合わせ事項の表現も曖昧なものになっている。それ故、前記新聞のタイトル中「『裁判員辞退』容認」との部分や「遺体の写真などを裁判で示す場合、選任手続きでその旨を説明し、辞退を柔軟に認めるなどとする対策をまとめた。」とある部分は、正確な申合わせ内容の表現ではないとの反論が裁判所にはあるかも知れない。
〈政令の辞退要件を緩く解釈〉
○ 申合わせの辞退事由の位置付け
前記松山地裁での精神的不安を原因とする2名の辞退事由は政令6号該当と解されているようであり、この東京地裁の申合わせ内容も、この政令6号該当の一事例と捉えていることは間違いあるまい。選任手続以前の配慮で検討されている「追加の事情聴取や個別質問」なるもの、選任手続で検討されている「不安の内容の具体的配慮、参加への支障の有無の確認」が、事例を伴わない抽象的文言に過ぎないものであるので、政令6号該当と判断され得るものがいかなるものと解しているのかは不明ではあるが。
この政令第6号の「自己・・・に身体上、精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当の理由があること」という規定の解釈としては、単に不安を訴えただけではだめで、その不安が現実化し、それによって不利益も現実化する確率が高い状態にある」場合を想定した規定であることは間違いないから、今回の東京地裁の取扱い基準、松山地裁の運用は、この政令第6号の掲げる要件をかなりゆるく、最高裁2011年11月16日判決の判示するように柔軟に解釈しようとしたということになろう。それ故、前記読売新聞の見出しやその記事は、誤ったものではなく、むしろ申合わせ内容を端的に表現しているとさえ言えるであろう。