司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>


 〈今関源成教授の指摘〉

 一昨年(2017年)9月、60才という若さで亡くなった早稲田大学法学部学術院教授今関源成氏の論文について、私はこれまで何度か引用させていただいた。長文になるがここでさらに引用させていただく。

 「司法制度改革における『国民の統治主体意識』と司法との結合は『司法の国民的基盤の確立(国民の司法参加)』という表現をとるが、それは複数の意味を有し、それぞれに問題を抱えているように思われる。

 ① キャリア裁判官の専門合理性によって実現される公正さ・適正さに代わって、主権者国民の参加自体が司法に新たな正統性を提供するという裁判の正統性根拠の転換。これは、迅速さの要請とあいまって裁判の公正を後退させるベクトルとして利用される危険を有する。

 ② 裁判の正統性根拠は公正さに求めつつ、専門家の独善を『国民の常識(良識)』によって正すことで裁判の質(公正さ)を向上させるということ。これも裁判に国民の良識が反映されるという点で裁判の民主化とされる。ただし、常識に反してでも裁判官が専門合理性を貫徹することを公正な裁判の条件とする『非常識の府』としての司法という理念とは背馳する。常識(良識)の関与が常に裁判の公正を保障するかは疑わしい。国民の良識が公正さを高める方向に働くような制度的担保が必要であろう。

 ③ 『国民』に対する司法の担い手の説明責任の問題。国民が裁判の場や弁護士会の内部に入っていき、自らあるいは法曹から司法の運営について情報を得ること、すなわち主権者として司法の実態を知ることによって、司法が国民に分かりやすいものに変わっていく可能性は出てくる。これも主権者に対する説明責任という意味で民主主義の問題であるが、この『開かれた司法』の理念は、裁判の独立性と法曹の自律性を蝕み、外部からの影響力行使に対して司法を脆弱にする危険をもっている。

 ④ 司法への参加(裁判員制度)は『国民』の市民的徳性を涵養することによって民主主義の精神的基礎を形成するという意味において、民主主義を強化する。こうなれば民主主義にとって大きな利益だろう。ただ、裁判の目的は民主主義の訓練の場であることではない。裁かれる者の立場に立った場合(誰でもその可能性はある)、公正な扱いを求めるのは当然であろう。『同胞による裁判』というだけでは納得できないし、まして訓練の素材という扱いでは尚更そうである。また、裁判員制度は、『公共性の空間』において統治に対する国民の重い『責任』を強制的に果たさせ、もって『国民』的徳性を内面化することを要求する。裁判員制度は、政府が公共性・徳性を振りかざして個人の内面の改造を意図する試みであり、公共的価値や国民の義務を強調する改憲の理念と相似形をなしている。また、刑事の重大犯罪に対象を限定した裁判員制度は、人の命を奪うか否かの判断に強制的に国民を関与させる点において、戦争に国民を動員することになる九条改正論に通じるものがある。なぜ刑事重大事件から国民の司法参加を始めなければならなかったのか」(「法による国家制限の理論」p22、23)」

 裁判員制度の問題の本質を鋭く突く論考である。この本質的問題から離れて単に表面的な数字を羅列したり、新旧の制度比較をしたり或いは参加者の意見感想の聴取をしたりすることは、国家の制度の本質的検討にとっては意味をなさないことである。


 〈マスメディアと日弁連の貧困〉

 マスメディアが取り上げる、これまでの裁判の変化がさも裁判員制度の成果のような捉え方をしていること、裁判員経験者の多くが「良かった」感想を抱いていることについて、古関教授がそこに指摘するように、その制度が「政府が公共性、徳性をふりかざして個人の内面の改造を意図する試みであること」「人の命を奪うか否かの判断に強制的に国民を関与させる点において、戦争に国民を動員することに通じる」ものであるという制度の本質を受け入れても、その副産物としてでも変化が見られたものであれば、その制度の成果として容認するのかという視点からの記述が全く見られないのは、我が国のマスメディアそして我が日弁連の貧困を感じさせ、不安を通り越して危険さえ感じさせる。

 今関教授のあまりにも早いご逝去は誠に残念であり、本当に心が痛む。今関教授の卓見を一人でも多くの人に知っていただきたいとの思いから、拙稿のなかにあえて長文引用させていただいた。

 これから制度について制度の存続の可否を含めて正しい検証がなされ、国民の幅広い意見聴取とその正確なデータの公表により、制度に対する適切な対応がなされることを望むものである。



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