司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

〈人権無視の「国民参加第一」

 

○ 今回の申合わせ策定の契機となったこと

東京地裁で今回の裁判員辞退の運用に関する申合わせが検討されるに至ったきっかけは、筆者外1名が原告代理人を務める、福島地裁郡山支部で裁判員を務め、それによって急性ストレス障害を患った女性が提起した国家賠償請求訴訟にあると報じられている。

 

裁判員としての職務遂行が精神的に強度な負担を強いるものであることは早くから指摘されていた。最高裁もそのことを予測し、メンタルヘルスケアの対応を用意していた。前記事件の報道では死体の写真等残酷な場面の証拠調べによる精神的傷害が報道されているが、その後の報道に見られるように、死刑を言い渡したことによる日夜の苦痛が継続していることも知られるべきことであろう。かかる心的外傷を裁判員に与えるであろうことは制度当初から認識されていたことであり、この裁判員制度を容認するものは、いわば傷害について未必の故意を有していたとさえ言えることである。傷害を与えれば治療を行えばよい、ともかく国民参加が第一だという何とも解し難い余りにも人権無視の考えが、かかる心的外傷を招いたものである。

 

なお、今回の東京地裁の裁判員辞退に関する申合わせは、本来ならば裁判に臨む人としては当然の反応を示す、敢えて言えば裁判員になって欲しい人を逃すものであり、そうではない残りの人のみを裁判員とすることは、裁判員制度を是認する者にとっても受け容れ難いことではあるまいか。

 

今回の東京地裁の申合わせ、松山地裁の運用は、裁判員に対する配慮というよりは、裁判員制度を何とか維持することを目的とし、裁判官として、裁判員にかかる傷害が発生した場合の民事・刑事の責任を事前に回避しようとするための保身に出たものではないかとの疑いさえ持つ。

 

 

〈撤廃すべき不出頭への過料制裁〉

 

○ おわりに

その動機の詮索はさておいて、裁判所が裁判員に無用の負担をかけまいとして動き出したこと自体は一応評価し得る。しかし、人権擁護団体である日弁連は、この裁判員経験者の心的外傷問題について、何らかの声明を発したり根本的対策を発表したりしたかは寡聞にして知らない。もし沈黙を守っているとすれば、そのことに触れる発言をすればネットで言われているように「裁判員裁判の根幹が揺らぐ」という恐れを感じているからででもあろうか。

 

この東京地裁の申合わせ問題は、単なる裁判員辞退事由の問題ではなく、正に裁判員制度、一般国民を裁判員として強制的に駆り出す制度の根幹に触れる問題として皆が真剣に検討すべきものである。ここまで現実に辞退事由を緩めるくらいなら、いっそ不出頭への過料の制裁を完全に撤廃すべきであろう。

 

そうしなければ、法律の過料制裁規定によって制裁を受けると思い込んでいる無知で真面目な国民だけがだまされ続けることになろう。このように国民をだまし続けなければ維持できない制度であるならば、かかる制度は廃止されるべきが当然である。



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