司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 〈判断事項に対するなりふり構わぬ姿勢〉

 

 最高裁はそれまで控訴審で主張判断されなかった事項が適法な上告理由となるかの問題についてはそれが訴訟手続に関する意見の主張である場合には不適法として棄却するのが最高裁の確立した判例であったとされる(法曹時報17巻1号p163、海老原震一)。さらに、最高裁大法廷は、昭和39年11月18日、「控訴審において主張判断のなかった実体刑罰法規に関する違憲の主張についても上告理由として不適法である」旨判決した(刑集18巻9号p597)。

 

 最高裁が前記2011年11月大法廷判決において、「多岐にわたる」裁判員法憲法違反の上告趣意として列記されたもののうちの「裁判員制度の下では裁判官は裁判員の判断に拘束されることになるから、同制度は裁判官の職権行使の独立を保障した憲法76条3項に違反する」との主張、「裁判員制度は裁判員となる国民に憲法上の根拠のない負担を課するものであるから、意に反する苦役に服させることを禁じた憲法18条後段に違反する」との主張については、仮に上告審弁護人が上告趣意としてこれらの主張を述べたとしても、原審判決においてはこれらの点について全く判断を示してはいなかったのであるから、従来の最高裁判決に従えば、到底適法な上告理由とはならず、判断を示すべきものではなかった。

 

 ましてや同大法廷判決がなされた事件においては、上告審弁護人は上記2点の憲法違反の点は上告趣意としないことを明言していたのであるから、その点からしても最高裁としては判断してはいけない事項であったのに、それでも正に強引に、なりふり構わず勝手な意見を述べたということである。

 

 

 〈最高裁の歪んだ動機〉

 
 原審が判断していない憲法違反の主張について最高裁が何故に判断してはいけないか、それは三審制をとる我が国の裁判体系の下で上告審の役割が曖昧になり、且つ、判例として価値のない判断がさも判例としての価値があるものであるかのように誤解される虞を生じさせるなど裁判制度の根幹を崩すことになるからである。前記昭和39年最高裁大法廷判決が述べる「元来上告は、控訴審の判決に対する上告である。」との判示が正に示すところである。

 
 前記2011年大法廷判決は、上記のとおり、仮に上告趣意とされていても判断すべきではなかった事項について、しかも上告人が明確に上告趣意とはしないと明言していた事項について、敢えて上告趣意として構成し判断を示したことは、司法機関としての本来の責務を放擲し、国家政策への関与を明らかにし且つ同判決末尾に掲記の裁判員制度定着への並々ならぬ熱意を示すという歪んだ政治的動機があったからとしか考えられない。

 
 最高裁がこれまでのほぼ確定したと言える判例を無視し、上告趣意を捏造してまでして、なぜ裁判員制度の骨格について合憲判断を示したのかの真意は分からない。刑事系裁判官の逆襲があったとの説もあるけれども(瀬木比呂志『絶望の裁判所』p72)、私にはその真偽は論評出来ない。しかし、真相はどこにあれ、最高裁は禁じられている行為を、しかも一人の少数意見もなく行ったのである。

 
 このことは、司法権を裁判所に委ねた国民としては絶対に承服できないことである。この点を指摘しているのは前掲西野教授だけであり、他の判例解説、判例批評では見ることができなかった(前掲西野吾一・矢野直邦「最高裁判例解説」、西野吾一「最高裁時の判例」ジュリスト1442号p83、土井真一「裁判員制度の合憲性」憲法判例百選Ⅱ第6版p386、笹田栄司「裁判員制度の合憲性」ジュリスト1453号など)。これらの判例解説や批評は刑事判例集添付の原判決、上告趣意書に対する検察官の答弁書、さらに上告審弁護人の上告趣意書には目を通さなかったのであろうか。最高裁がその判断において見せた前記の手法について、論者はどのように考えているのかを是非ご教示願いたいと思っている。

 

 本稿で述べたことは、裁判員制度という司法の根幹に関わる制度の成立後、少なくともその制度に関して最高裁はその国策への協力の立場を堅持し続けている状況において、最高裁が真に国民の人権の最後の砦としての信頼性を有する存在か否かを国民に判ってもらいたいとの思いがあるからである。

 
 実質的改憲の安保関連法が成立した。国民の間では裁判所にその違憲性を訴える動きもあるようだが、正直私は、それは危険な行為ではないかと思う。前記のとおりの最高裁に、集団的自衛権行使を認める法律を違憲だと判断する気骨のある裁判官は何人いるであろうかと、上記の裁判員制度合憲大法廷判決を知る者としては首をかしげざるを得ない。下手に訴えて、あっさりと合憲の判断が示されたら、元も子もなくなる危険性がある。

 
 この問題は、本来は国民の主権者としての政治的意識の向上と政治運動とによって克服する以外にはないと思っている。



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