司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 
 2003年9月16日、その日、M県に暮らす姉から、東京にいる私のところにかかってきた一本の電話が、すべての始まりだった。

 「お父さんのお金がなくなるの」

 同県の実家で姉と別れて暮らす私の父親(当時76歳)の所持金が、連日のように消えるというのである。父親は何も使った覚えがないという。家族にとっては、不思議な怪奇現象であった。

 どうしたものだろうか、と思いつつ、時が経つにつれ、姉からの電話の内容は、この消えるお金の理由として、父親のボケの進行と結び付けて懸念するものが多くなっていった。その間、父親の「お金がなくなる」という口癖が多いため、お金について、姉と父は喧嘩が耐えなかった。

姉の話では、ときにはプライドが高い父親が姉の留守番電話に、「お金をかして下さい」と、泣きそうな声で入れていた。また、近所のたばこ屋さんにまで、「千円でいいから貸して下さい」と杖をつきながら、歩きまわっていたこともあった。そういう連絡が近所からあり、姉も父親に度々お金を貸していたのだった。

実は父親には、介護センターから派遣の介護ヘルパーに日中、お世話をお願いしていたことから、同センターとヘルパーさんたちには、「よく父がお金をなくすので、気をつけてみてほしい」とお願いした。

 正直、父親のボケが原因と考えるのは、嫌な気分だった。実は私の母は、アルツハイマーで、施設に入院していることもあり、そのことが父親のことと脳裏でクロスし、凍りつくような寂しさにうちのめされる感覚に襲われたのだった。

 しかし、落ち込んではいられない、何かできることはないか。そう考えた時、やはりできることは、何度も家族で父親に電話することだと思った。当時、ニューヨークに在住していた兄、東京に済むもうひとりの姉、千葉在住の私が、代わる代わる父親に電話をして励ますことにした。

 本当にボケてしまったのか。そのことが、やはり一番の気がかりで、それをなんとか確認したかった。ボケの傾向として、その場しのぎの会話はできが、翌日にはその内容を忘れていたりする。だが、父親は違っていた。翌日になっても、その翌日になっても、内容を鮮明に覚えていた。

 やがて、兄弟は全員、父親はボケていないと確信することで一致した。では、一体なぜ?怪奇現象が、改めて家族の気持ちを震撼させたのだった。

 自分がその時、真剣に疑ったのは、我が家の構造を知り尽くした窃盗集団一味が近所の町に住みついているのではないか、ということだった。私はニューヨークの生活が長かったこともあり、海外でよくある窃盗事件を想像してしまったのである。

 実は私自身、被害に遭った経験がある。マンハッタンのイーストビレッジに住んでいた時に窃盗犯にやられ、ビデオデッキ、クローゼットの上の隙間に隠しておいてあったはずの、現金数百ドルを盗まれたのだった。

 手口は、相当計算されていた。まず、正面玄関の鍵の部分に濡れた紙を外からカギがかけられないように詰められ、内部からは鍵をかけている。つまり、外から帰ってきても、鍵穴に濡れた紙をつめこんでいれば、すぐに鍵をあけることはできない。その間に窓を開け、ファイヤーエスケープ(=非常口用階段)から屋上に逃げ、隣のビルに行きいき、そこから逃げるという算段が巧妙に考えられていた。

 この話を近所の人に話すと、もともと犯人は、私のアパートに狙いをつけていたんではないかと。アルバイトで、いない時間帯を狙い、用意周到に準備していた手口だった。NYでは、基本的に夜外出するときは、電気もしくは、窓際に豆電球タイプの蛍光灯でもいいから、つけといた方がいいといわれる。

 とにかく場所は摩天楼マンハッタン。完璧という防御はではないが、あらゆる手を尽くし、自分の身を守るということを、私は痛い経験から学んだ。

 この教訓から、父親のところに夜、強盗がきているのかもしれない、と思った私は、父親に電気をつけて寝ることを求め、父親もそれを了解してくれた。しかし、それでもお金は消え続けた。

 犯人はだれだ。ついに、我が家に出入りする人間をリストアップして洗い出すことにした。まず、介護ヘルパー、夕方くる社協の弁当屋、ディサービスの人、回覧版を届ける近所のおばさん、新聞配達員、新聞集金屋、飛び込みセールスマン(青汁)販売、もしくは、近所に住んでいた不良少年たちがチンピラか泥棒になりすまし、我が家を狙ってきているのかである。あらゆる角度から人物像を考察してみると、すべてが犯人に見えてもくる。

 実は、この時、まさかという想像が頭をよぎっていた。出入りする人間のなかで、連日、出入りしていた介護ヘルパーさんの存在だった。

 疑いたくはなかったが、派遣元の社会福祉協議会に相談した。しかし、社協の対応は、予想外に冷たかった。「社協に犯人はいない」の一点張りで、しまいには父親をボケ老人扱いするありさまだった。

 どうにもならなくなった私たちは、ついにこれを警察に持ちこむことを決意した。
 



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