司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 その夜、よからぬ胸騒ぎのようなものを感じて、なかなか寝付けなかった。とりあえず、考え過ぎも体に毒と思い、別の事を考えながら床についていた。今、振り返ると、この胸騒ぎはこれから起きることの「予兆」だったようにも思える。

 

 翌日、お昼を過ぎたころ、S弁護士から兄宛てに電話がきたという、兄からの連絡が携帯に入った。S弁護士の様子にどうだったのかを気にしながら、話を聞くと、兄の声のトーンはいつもより覇気がなく、暗かった。兄はその時、要件だけを手短に話そうとしいたのだが、たまたま周りの騒音がうるさくて、電話の声がかき消されて、よく聞こえない。聞き直すと、兄の話は、私には耳を疑いたくなるような、衝撃的なものだった。頭の中が一瞬真白になった。

 

 気持ちを切り替えながら、なぜそうゆう経緯になったか詳細を再度聞いた。話の流れは、こうだった。次回、地元裁判所への出廷を控え、電話会議で参加してもらうことを求めた兄からのメールを読んだS弁護士が、焦ったように兄を問い詰めてきたというのだ。「次回はこなくていいとは一体どういうことですか。弟さんにも行くと言ってあるのですが」と。

 

 兄は、家の経済事情を説明し、S弁護士を地元まで呼ぶには11万5千4百円かかり、今月は経済的に余裕がないこと。次回の裁判は、電話会議というスタイルでの参加をお願いしたいことを、丁寧に告げた。すると、S弁護士は「弟さんは僕が裁判官と話すのを横で聞いていて何も言わなかったんですよ」と、言ってきた。あくまで、私が容認したということを言いたいらしい。

 

 兄が、この件で弟(私)に確認をとったのかをS弁護士に質すと、S弁護士は電話口でしばらく沈黙したあと、「でも弟さんは何も言いませんでした。裁判官には行くと言ってありますし」と、あくまで私の姿勢を盾に譲らない。私からの報告で、当日の状況をつぶさに知っていた兄は、業を煮やして。こう言い返した。

 

 「弟からはS先生が行くと言ったことは聞いています。しかし、こちらの都合もある。私たち原告兄弟は、みんなで話し合って方針を決めます。私たち原告はクライアント、あなたはわれわれの雇用者、費用がかかる事項については、雇用主の許可を貰うのが筋じゃないんですか」

 

 しかし、S弁護士は引かなかった。

 

 「弟さんが窓口ですよね。弟さんが何も言わなければ了解がとれているものと思いますよ」

 

 兄がメインの窓口だったことを伝えてあるのに、それをすっかり忘れているS弁護士の言いぷりに対し、さすがに兄も少し熱くなり、こう言い切った。

 

 「私がニューヨークから地元に帰る際、今後、現地で父と住む私が窓口になりますのでよろしくと申し上げたはずです。長男の私がメインの窓口ですよ。窓口が誰かとは関係なく、我々は話し合って方針を決めています。全員原告ですから。こちらの意見を聞いて裁判官に伝えて欲しいですね。それにS先生に今回の法廷に11万5千円払うメリットはあるんでしょうか。本番で来てもらえばいいんじゃないかと思っているんですが」

 

  すると、S弁護士は、今度は私たちにとっては、信じられないような主張をしてきた。

 

 「まだ新しい裁判官のお顔も見ていませんし、私が行き心証をあげてですね・・・」

 

 どう考えても、依頼者の希望を覆すまでの、説得材料に乏しい回答だと私は感じた。そして、兄の話を聞きながら、なぜS弁護士がそこまで地元行きへのこだわり捨てないのだろうかということが、頭のなかをぐるぐると駆け巡っていた。たとえ彼がそういう希望があったとしても、さすがに依頼者の経済的な事情を明らかにしての要請に対して、弁護士がここまで抵抗するとは思いもよらなかったのだ。

 

 これは、悪い夢だ、と思いたくなるほど、落胆とともに厳しい心境になった。



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