父の事件が取り上げられた町議会で、町長は、「もう、示談だから、その話は・・・」という、逃げ腰の回答をするのが精いっぱいで、町民の前で、まともな回答ができるわけもなかった。追及する町議たちにとって、私たちの裁判結果が、極めて有利なものであることは明らかだった。まるで、鬼の首をとったような、攻勢が続く――。
町議「この、裁判費用は、どこから捻出したのですか」
町長「それは、社協の経緯費からだしました」
町議の鋭い突っ込みに喘ぐ町長。
町議「窃盗犯人の弁護士費用も立て替えて、町が支払ったのですか」
「えっ、どういうことだ?何でだ」と町民の声がまばらにざわつき始める。
町長、しばし、無言状態だったが、突き刺さる冷たい町民の視線にやられてか、言葉すくなに反論。
「いや、いや、そんなことはないです」
動揺が隠しきれないのか、その声は、震えていた。町議は、次の展開に持ち込む。
町議「では、示談したと被害者の家族から伺いましたが、被害者の方に、お金は全額支払いましたよね」
町長「はい」
語気を強めて攻める町議に対し、町長、まるで、蚊の鳴くような声だ。
町議「では、その金額の中身ですが、窃盗犯の分もお支払いしたのですか?」
町長「・・・」(無言)。
町議「どうゆう窃盗犯と社協の間では、取り決めの内容があったのですか」
これもこの問題の、一つの核心部分ではあった。町長は明確な回答を避けるというよりも、明らかに話をすり替える形で、こう言葉を濁した。
「えっ、と、お金は全額支払いました」
こうしたやりとりは、明らかに町側の不審な対応として、そこにいた町民たちに、伝わったようだった。明らかに町民たちの表情は変わり、この現実に疑問を持ち、考え始めたようだった。
町長の顔は青ざめていた。この状況から、とにかく逃げ出したということが、そこから読みとれた。しかし、それは何よりも、この問題への町側の対応のやましさをさらすものになっていた。
そこには、約1万7000人の小さい町ながら、町の顔として君臨し、それなりの町民の信頼を勝ち取ってきたはずの町長の姿は、もはやなかった。彼が積み上げてきたものが、音を立てて壊れる瞬間に、立ち合っているのだった。
しかし、一方で奇妙な気持ちにもなった。裁判で町長は一度も法廷に現れなかったが、裁判中、私たち家族に対し、あれほど自己の正当性を主張し、専門家の力を借りて、虚勢を張っていたことを思い出したのだ。こうした事件への対応は、彼にとっても初めてのことだったろうし、弁護士のアドバイスに相当依存していただろう。そして、そうした弁護士を後ろ盾にした彼の態度には、弁護士なしで闘おうとする私たちへの相当な侮りもあるように見えたのだった。
私たちの本人訴訟の闘いと、結果的に司法の場での成果があって、今日、目の前で追及される町長の姿がある。そのことは、もちろん分かっているが、司法の場よりも、町民に包囲されたこの町議会の場こそ、被害者の気持ちに沿う、リアルな責任追及の場に感じられる自分もいた。
司法の展開次第で、この事件の結末は、一体、どこに導かれてしまっていたのだろうか。もし、裁判が違う展開になっていたならば、また、それこそ私たちの本人訴訟の闘いを私たちが闘い切れなかったらば、今、目の前で行われている町長への責任追及は果たしてどうなっていたのだろうか――。そのことを考えると、改めて恐ろしいものも感じざるを得なかった。