判決での「完全勝利」を伝える兄の話を聞いているうちに、この民事一審の前裁判官とのエピソードを、私は思い出していた。得体の知れない司法とのかかわりにおいて、忘れることができないエピソードだった。
争点整理手続きでのことである。私たちが提出した陳述書を見た前裁判官の表情が、一瞬にして変わったのだ。当時、私たちについていたS弁護士と、私たち家族に対して、その裁判官は陳述書に目を落としたまま、私たちが予想にもしなかった一言を言い放ってきたのだった。
「なんなの、この請求額は?全く、このけたはずれな額は」
そのとき私は、一体、彼が何を言っているのか、即座に理解することができなかった。いうまでもなく、私たちにとっては、当然の主張、当然の請求額だったからにほかならない。
「なに、なんだ、この真相究明費用って?一体、なに考えているの、全く」
裁判官は、そう言いながらため息をつき、呆れた果てた表情を見せていた。「真相究明費用」という言葉に、相当疑問をいだいているようにとれた。しかし、こちらとしても、当時、司法のプロである弁護士を通じ、彼のチェックを経て、詳細をまとめた陳述書を提出している、という気持ちもあった。まるで、素人の主張扱いするような発言が返ってくるとは、そもそも思っていなかった。どの点が問題なのか、私としては、予想もしない裁判官の異様な態度に首をかしげるしかなかった。
そして、もう一つ感じたのは、まだ、まともな審議をする前から、この裁判官は、一体、何が納得できないのだろうか、ということだった。われわれの主張に、ちゃんと耳を貸さず、即断でそれはないだろうというのが、本音だった。はじめての民事裁判で、この人物とお付きあいしないといけなのか――。それが、この前裁判官に対する、私の偽らざる心証であった。そして、これは厳しい戦いになると、思った。
今、振り返ると、事件の真相というより、むしろ、「窃盗額」の分析は、容易なことではなく、むしろ、面倒かつ複雑な案件で、正直、そこに時間を割きたくなかったのではなかったか。素人考えでは、そんな印象を持っている。
ただ、明確に事件の問題点を洗い出し、争点として、民法715条にのっとり、雇用者責任を追求さえすれば、難しいことではないはずと、当時の私たちは、これまた素人感覚では、認識していた。
ある意味、私たち家族にとってショックな裁判官の対応であったが、その彼らへの失望と対抗心が、その後の私たちをさらに強くしたともいえる。窃盗額とは別に、「真相究明費用」を何としてでも主張・立証したいと強く思い出したのは、この時だった。ある意味、素人の司法に対する挑戦のはじまりだったかもしれない。