行政と戦かった実績がある弁護士として地元の知人に紹介されたある弁護士と兄が接触した。ところが、兄は、その弁護士が、本件(ヘルパー窃盗事件)の刑事裁判を熟知し過ぎていたというのだ。
私は、「地方裁判所の周りにはたくさんの弁護士事務所が密集しているから横のつながりが濃いので、情報が飛び交っているのではないか」と言ったが、兄は「この事件は、地元有力紙では大きく扱われていない。世間の注目度が低く一般的には、話題にも上っていない。不自然だ」と言った。確かに、その点、違和感がある。違和感はあったが、戦うには弁護士が必要だ。それはともかく、その弁護士先生は引き受けてくれるのかと、尋ねた。
その弁護士は、10万円で引き受けてもいいと言っていた。私は自分の耳を疑った。調べていた相場より随分安い。安過ぎる。「弁護士費用は10万円でいいが、500万円で示談にしないか?」と、その弁護士が提案したと言うのだ。
私は、刑事裁判の公判で担当検事が被告人に「もし窃盗額が550万円くらいあったらどうする?」と聞いたことを思い出した。被害は800万円は下らないと見積もっていた検事が、公判では、被害額を修正していたことにショックを受けた。
地検が立件したのは、窃盗1回分の「15万円」1件だけ。そのためもあって、余罪については全く報道されていない。行政書士や弁護士事務所が密集する田舎の県庁付近。田舎の司法村とは言え、公にされていない事件。なぜ、検察官が公判で仄めかした「500万円」という数字を切り出したのか?私は、事件の背後で、何か不気味なモノが動いているような不快感で、重い鉛を背負わされているような気分になった。
犯人側の弁護士から持ちかけられた示談の数字に近かったことから、兄も私と同じように、犯人の背後で動いている力を感じたらしく、兄はその弁護士になぜ本件の民事裁判で、判決が必要か、 その意味を克明に説明した。
まず、証拠から担当検事は、被害額を800万円は下らないと見積もっていたこと。さらに驚ろいたことに、窃盗ヘルパーは、窃盗隠蔽のため、父にセクハラ疑惑や暴力行為等の問題をでっち上げ、町社会福祉協議会は、雇用者としての義務である見回り業務を怠り、そのヘルパーの報告を鵜呑みにしていたばかりか、少なくとも3度以上、「使っていないのにお金がなくなる」という家族からの苦情がサービス担当者会議であったにも関わらず、現場の責任者らは、窃盗ヘルパーの話に便乗し、父にセクハラや暴力の汚名を着せ、争点をズラし、町が派遣するヘルパーが窃盗するはずがないとして、見回りすら行わなかったこと。ヘルパー逮捕後は、町執行部による町議会工作や親戚への圧力など、組織的な隠蔽工作を行ったこと。社会福祉法人として社会正義に反する行為を組織的に行っていること――など。公判で明らかにしなければ、ならない理由があると、弁護士に数時間かけて説明したという。
綿成弁護士(仮名)は、はじめは「その社会福祉法人と日弁連はタイアップ関係にある。10万円で引き受けてもいいが、ただし500万円で示談ということでどうか」と提案したが、重い腰を上げて、「どうしてもと言うなら、是は是、非は非として戦ってもいいよ」と言ったという。
私は、その話を聞いて全身の力が抜けるような感覚に襲われた。「そりゃ、どういう意味なんだ」。兄からはこういう答えがかえってきた。
「地元社会福祉協議会と地元の弁護士会はタイアップ関係にある。ということは両組織団体は、利害関係者であるということだ。露骨にいえば、その公益法人は地元弁護士会と癒着があるということになる。本気で戦えば、地元弁護士会に不利益が生じる。よって本気では戦えないということだろう」
私はその話を聞いて耳を疑った。弁護士会がその社会福祉法人と業務提携の関係にあるとなると、両者は身内のようなもの。「身内の罪」を本気で追及できるだろうか。
私は早速、この話を地元の姉に電話した。姉は「やっぱりね」という反応だった。町内の回覧板の折り込みに「弁護士相談は、社会福祉協議会まで」という広告が出ていたというのだ。
公平な裁判を疎外する行政利権の構図が垣間見えた。この日を境に、法律関係者を無条件で信頼する事はできなくなった。直接の加害者が非を認めても雇用者の責任は追及されにくい現実。裏で行政組織に味方する議員の存在。司法と行政の癒着の構図。
私はその夜、近所の公園のベンチに寝転がり空を眺めた。何やら得体の知れない「巨大な怪物」と一戦交えることになる。ならば、何か別の方法を見つけるしかない。都会の夜空は、故郷の空と違いネオンで消されて星が見えない。だが、必ず空に星はある。