私は、時間を意識しながら、S弁護士に早口で事件の発端から一部始終を話し始めた。それは、例えるなら、まるでDVDプレイヤーを1.5倍の速度で早送りしているような感じで、必死に身振り手振りをしながらの説明だった。
と同時に、弁護士の顔色を伺いながら、内心、彼がどれくらい内容を理解して聞いているのだろうかといった不安もあった。事件の経緯は当然のことながら、今日私たちが直面している介護と社会問題との関係を絡み合せながら、話したつもりだった。
熱心に話していたせいか、いつのまにか時間を気にすることをすっかり忘れ、ふと時計を見ると、あっという間に30分が経過していた。「まずい」という思いが頭の中を駆け巡った。その時、脳裏に過ぎったのは、やはり30分5000円の相談料。この相場は、やはり庶民には高く感じ、財布のひもをきつく結んでおかないと、弁護士への相談なんて簡単にはできないと、肌で感じたのを覚えている。これもまた、弁護士が庶民にとって、敷居が高い存在に思える現実だと痛感した。
私の話を、彼は大方、黙って聞いていた。時々ただ、うなずくように「はい」「はい」とは言っていたように思うが、特にメモもとっていなかった。途中「先生、内容分かってついてきています?」と尋ねたくなった。が、初対面の弁護士には、それもなかなか言えず、遠慮する気持ちが先に立ってしまった。こちらのことを理解してもらわないと、相談料と時間等が無駄になるという思いが強くあった。何か追われるような、追い詰められているような気分だった。
今、振り返ると、裁判というのは、ある程度時間をかけて、裁判官が内容を熟知したうえで、判決を出す。まして、弁護士に相談したからといって、即座に解決への道が開かれるわけではない。当時の自分は、まだ、そんなことも分かっていなかった。ただただ紹介された弁護士に話しただけで、心にのしかかっている錘がとれ、安心できると思っていた。
こちらの話が終わると、しばし二人の間に沈黙があった。おとなしい印象のS弁護士が最初に口を開いたとき、ややそのイメージに反した強いトーンの声で、私にこう告げた。
「勝てます、勝てますよ」
彼の自信に満ちたあふれた態度、ボリューム感あふれる声が、未だに私の記憶に強い印象として残っている。まさに、それは私からすれば、勝利宣言のように聞こえた。そして、これまでの弁護士探しの中で、しっくりした回答が得られなかっただけに、正直、この言葉は嬉しく、また頼もしく、どんよりとしていた気分を一気に消し去ってくれるもののように感じられた。
彼の勝利宣言に、私は思わず、笑みが顔に出てしまっていた。だが、いったんそれを抑え、私はなぜ勝てるのか、その根拠について即座に聞き返し、彼の顔をじっとみつめた。
「民法715条、雇用上の責任です。これで間違いないでしょう」
彼は即座に、そう切り返してきた。その後の彼の丁寧な一言一言にも、やはり力強い勢いが感じさせられ、その場で私は圧倒されてしまっていた。不思議と安請け合いとは感じていなかった。「民法715条ですか?」と、彼の顔を見ながら聞き直し、私はメモを取り始めた。雇用上の責任は理解していたが、民法上の専門用語で改めて聞くと、新鮮さを感じた。
「なんせ、あなた方は3回も相談したんでしょう?彼らは、もう逃げられませんよ。大丈夫ですよ。その証拠とかは、ありますよね?」
「はい、もちろんあります。相談議事録にお金が紛失したことが記載されており、それを入手しています」
「ならば、問題ありませんよ。民法715条で大丈夫です」
こんな感じだった。不安のなかにあった私には、彼は輝いてみえた。そして、私は安堵した。しかし、まだ、これだけでは、S弁護士に託すという行動には至れない事情があった。もう一つ私たちには、大きな課題があった。地元の弁護士から聞いていた社会福祉協議会と弁護士会の「タイアップ関係」である。それは、私たちにとって鬼門であり、どうしても弁護士にぶつけなければならないことだった。仮にそうゆう構図がある場合、本当に戦えるのか。そして彼は大丈夫なのか。そのことが重要な問題として残っていた。