司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 一度深呼吸し、話し出す瞬間、これまでの経緯が頭に蘇り、不安な気持ちが湧き上がってきた。もう一つ私たちに残されていた大きな課題。地元の弁護士から聞いていた社会福祉協議会と弁護士会の「タイアップ関係」である。この話を聞いたS弁護士に、「やはり受けられません」と断られたらどうするか――。

 敵対する相手と、こちらの味方になるはずの弁護士たちの「癒着」。私たちには、そういえるものだった。これから戦おうとする市民にとって、これは、絶望的な状況に思えていた。弁護士の現実を知らない市民のそれが現実であった。

 そんな思い巡らせながら、要点を絞って、兄が地元弁護士からきいたことを、ありのままに彼に話した。この件について話す時が、なぜか一番緊張したのを覚えている。

 彼は落ち着いた雰囲気で、表情を変えることなく、「はい、はい」と返事しながら聞いていた。S弁護士は、この話を聞いてどう思ったのだろうかと、顔色を伺いながら話していくと、彼は打って変わった静かな低い声でこう答えた。

 「まぁ、その件につきましては、特に問題ないと思いますよ。ここは東京ですし、関係はあまりないと思うのですが。」

 意外なほど、あっさりとした反応、私は思わず、「えっ、本当ですか」と聞き直してしまっていた。だが、正直、私の中に安堵感が広がるのを感じた。そんな私の様子に気が付いてか、彼は、その時「ええ、そういうことはないでしょ、大丈夫でしょ」と、力強く太鼓判を押した。

 これでやっと、土俵に立てる。私たちのために戦ってくれる「ウォリアー(戦士)」に出会えたんだと、笑みがこぼれそうになった。時計をみると、1時間30分以上は経過していた。相談時間を気にして焦る気持ちと、安堵の気持ちとがクロスしていた。あっという間に、相談料で二万円近くになっているはずだった。

 即座にこの場で、「お願いします」と頼みたかったが、私の一存では決められない事情が別にあった。一つは、弁護士選びを含めて、今回の件に関することは、すべて一度家族みんなに諮り、合意を得ることが必要なことだった。そのため、どうしても一度、今日のことを家族のところに持ち帰らなければならなかった。

 そして、もう一つは、いざ東京の弁護士を雇うとなると、地元や近場の弁護士とは違い、多額の交通費、旅費等などの弁護士費用とは別に出費がかさむことを考慮しなければならないことだった。すぐにでも、頼みたいのは山々だったが、私一人の闘いではないため、今、この場で決断し、「万歳」というわけにはいかなかったのだ。

 私は、S弁護士に、正直に家族と一度話し合い、それから判断したい旨を伝えた。S弁護士は、「そうですか。わかりました。」とうなずき、すぐに席を立ち、部屋からスーッと出て行った。あまりにもあっさりした対応に少し戸惑った。即決すると思っていたのかな、とS弁護士の心境を思いながら、去っていく彼に、もう一つの気になっていることを、私は慌ててぶつけた。

 「すみません。あの相談料ですが」

 その時の彼の言い方を正確には覚えていないのだが、彼はくるっと振り向き、「あっ、そうでした。それは、また別の日にでも。もし、やることになったらなったときはそれで」とだけ言ったように記憶する。これもまた、拍子抜けするような、あっさりとした対応だったことだけは覚えている。

 私は彼の事務所を出ると、今日のS弁護士と話した出来事を頭の中で整理し、家族にその夜、早速連絡を入れた。



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