司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

  翌日、実家の窓から空を見わたすと、空はどんよりと曇っていた。実家にいる時間に何かできないかと、片手に缶コーヒーを持ち、草が茫々としげった庭を見ながら考えていた。はじめのうちは、部屋の片づけや家の傷んだところを修繕しようかと考えていたのだが、昨日の裁判所の出来事を思い出すと、一気にやる気が遠のいた。

 裁判所であったあの女性弁護士と会うべきか、会わないべきか――自分の中に、この単純な選択で迷いが現れ、地元で過ごす貴重な時間も、無駄に過ぎていった。

 地元の駅から空港駅まで行くまでわずかだが、時間はある。そう思いながら空港に向かう準備をした。どのような交渉になるか分からないため、万が一に備え、じっくり考え対策を練ることに意識を集中させることにした。

 第1回公判が単なる書面の朗読だったため、手ぶらで東京に帰るわけにはいかないと思っていた。矢吹検事(仮名)にと会い、こちらが思っていることは80%くらいは理解してくれた思っていたが、肝心な第1回公判では、その効果があったようには思えなかった。

 そのようなことを振り返り、今後の裁判の行方を考えながら、私は、電車に乗り空港へと向かった。ほんのひとときの時間だったが、田舎ののどかな風景を、電車にゆれながら見てると、都会での仕事の日々や直面している裁判のことを忘れさせてくれた。電車から私の目に入る風景は、疲れた心をほんの少しだが、洗い流してくれた。

 その間にも、平凡に田舎で生活していた日々を思い出し、高校生だった頃、電車通学をしていたあの時の自分にも、一瞬だが戻ったような気がした。一見見た目の通り過ぎる景色は何も変わらなかったが、広大な太平洋側の海沿いを走る電車の中から、ある異変に気が付いた。

 広々していた砂浜が、波に推され、砂浜が削られていたのだった。砂浜地帯と私が乗車している距離が、少し近くなっているように感じた。後に、このことについて聞いた地元の友人の話で、温暖化の影響で相当砂浜地帯が波に削られ、海水が近くなった事実を知った。眼の錯覚でなく、現実だった。

 海水の波に削られていった砂浜の光景を見たときから、なぜか、この裁判に関連する様々な出来事が脳裏によぎり思いを巡らされた。もしこのまま、この事件を放置していたら、真実もこの砂浜みたいに削られ、そのままどこかに流されていくような気がしてならなくなった。

 これまでのことを思い返してみた。

 まずはじめに、昨日、第一公判前に、矢吹検事との会話をした件で、私の記憶の中に深くこびり付いたことがあった。私は当時、姉の手書きのメモを頼りに、父の使途不明になったお金をおおざっぱだが、概算で想定した額を、矢吹検事に告げた。

 「私の予想ですが、500~550万円くらいは窃盗されているのでは」。

 だが、検事からの返答は、違った。彼は辺りを少し見渡しながら、少しかがんできみ、私の顔に20センチくらい近づき、手で口を隠し小声で、私につぶやくようにこう言い放った。

 「800万、800万相当だよ」

 犯人は間違いなく、それくらいは窃盗していると断言した。私は苦笑いで返したが、内心この金額に驚き、動揺していた。そして、検察は、そういう事件として、この案件を捜査していると純粋に思っていた。

 この手の事件の通常の勾留期間よりも延長され捜査されていることは、警察関係者からも聞いていた。

 しかし、残念ながら、この日の裁判で、事件は「15万円」という扱いになっていた。私たちが仕掛けた、防犯カメラか映し出した窃盗日の事件のみということである。私たちには本当に分からなかった。検察官が小声で言ったことに疑いはかった。なぜ余罪を追及しないのか――。

 検察の説明は、要するに社会福祉法人の関与を視野にいれたが、「そこまでやらなくも」という声が内部から出たというもののようだった。矢吹検事は、書類を見る限り、被害者側が3回もお金に関する相談やクレームをしているため、民事では絶対彼らは逃げられない、と私に言い聞かせるような調子だった。さらに、食い下がろうとする私に対して、彼は、少し黙ったあと、「民事で」と言った。そして、「犯人側の国選弁護士に質問をぶつけなさい」と言った。私も、「はい」と答えたが、釈然としなかった。

 結局、このままわれわれが何もしないと、この事件の真相は、砂浜が波に削られるように、闇に呑み込まれるかもしれないと感じていた。そして、そう思った時、こちらが痛手を負うことになっても、やはりあの女性弁護士に会わなければならないと、心に決めた。

 空港に着くなり、搭乗手続きをすませた後、女性弁護士に連絡を入れ、話の時間をつくることにした。一体、弁護士はどんなことをわれわれに言ってくるのだろう。

 空港の外は、大つぶの雨が強くふっていた。台風にも似た状況下で、国選弁護人がわざわざ空港まで足を運んでくることに、少し不気味さすら感じていた。よほどこの事件を終わらせたいのだろうと思った。

 やがて、国選弁護人の若い女性弁護士が、空港ロビーにいる私の目の前に現われた。お互いに軽く頭をさげ会釈し、われわれは空港内にある喫茶店へ向かった。



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