S弁護士から民事裁判で請求する額について、こちらの希望を尋ねられ、私は、まず、総額700万円が不明になっていること、そして自分たちが、今まで私たちが、この事件の真相究明のために行ってきたことを、再度順を追って説明した。
S先生は、うなずくように聞き入っていた後、こう切り出した。
「この額に、お父さんが受けた精神的苦痛を上乗せするという形でいきますかね」
「そうですね」と、返答しつつ、S先生は、どれくらい上乗せを検討するのだろうかと思った。一般的に相場というものがあるのだろうと思ったが、この時は、その額について具体的に聞くことはなかった。今、考えてみれば、不思議な感じもするが、とにかくこちらの状況を説明することに懸命で、そうしたこともS弁護士に任せればいい、という気持ちになっていたように思う。
次に聞かれたのが、原告の件だった。
「原告はどうされますか?お父さんだけにしますか?ご兄弟みなさんもなりますか?」
私は、ためらうことなく、可能であれば、家族全員が原告になることを希望した。この件でわれわれ家族は、社協や加害者には、何度も話し合いを持ちかけたが、のらりくらりとかわされ、ふりまわされた結果、家族全員が精神的にも消耗したこともあったし、感情的にも許しがたい気持ちで一致していた。私は 過去の経緯をコンパクトにまとめて、そのことをS弁護士に伝えた。
「分かりました。では、ご兄弟みなさんで、事件の真相究明にあたり動いたということでいきましょう」
S弁護士は一応、事件の全体像と私たちがおかれた現実を理解したように、そう言った。しかし、私はその時、S弁護士の表情にかすかに困惑しているようなものを読み取った。この点は、S弁護士としては、少々やっかいというか面倒な作業にとっているのかな、と、思った。
私も全員が原告になり、真相究明のために、調査費用等を含む請求額を要求することは、困難であることぐらい百も承知していた。しかし、私たちは全員、とにかく悔いが残るくらいなら、やるだけのことは精いっぱいやりたい、そんな強い心情でこの民事裁判に望んでいた。無謀なことかもしれないが、やるしかない。常に頭の中にあるのは、その言葉だった。被害者として、裁判の当事者に立たされた、一般市民のなかには、そうした強い感情が芽生えるように思える。私たちも、そのことをこうした立場になって、初めて知ったのだが。
その時、私にはS弁護士が、一応、私たちのそんな感情と意志を受け止めてくれたようには思えた。S弁護士は 詳細については、次回詰めましょうと言って、この日の打ち合わせを打ち切った。私は、この日から、次回に向けて、証拠となるものなどの準備に取りかかった。