司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 「さあ、どうしますか」

 

 静まり返った裁判所の一室で中、裁判官の声が響き渡った。判決か、和解か、もう、結論出さないといけないのか。なにか追い詰められるような、不安が再び頭をもたげてきた。

 

 振り返ると、高裁にはいってから、すべてが、相手側のペースで進んでいるように思えた。妊婦弁護人が出産を控えているため、裁判をスピードアップすると告げられたとき、私たちは、出産後まで、もしくは被告側が他の代わりの弁護人を見つけるまで待つという意思も、裁判官に伝えたが、あっさりとはねられた。「謝罪広告」の要求も、相手側にはねつけられた。

 

 本人訴訟の身であるわれわれからすると、腑に落ちなかった。こういうものなのだろうか、と。結局、すべてこちらの意向は度外視で、納得がいかないまま、「和解」に追い詰められているような気分になっていたし、裁判所の姿勢はこちらから見ると、中立ではなく、感じがしていた。

 

 私たちに弁護人が付いていても、こうだったのだろうか。もし、弁護人がいたならば、もう少し原告の立場に立って振舞ってくれたのではないか――。答えが出ないことが分かっている疑問が、頭の中を駆け巡っていた。

 

 一審では、本人訴訟であるがゆえに、裁判所がやや手を差し伸べてくれて、とりあえず弁護士が付いている相手方と同じ土俵に上げてくれる、という感じもあったが、高裁では逆に、本人訴訟であるがゆえに、厳しい対応がなされているのか、と疑うことになっていた。

 

 沈黙が続く中で、私と兄は、ついに「判決でいこう」という、無言の合図を出した。しかし、瞬間だった。聞き覚えのある小声が、かすかに聞こえてきた。即座に振り返った。その声は、裁判中、目をじっと閉じて、このやりとりを聞いていた父親のものだった。

 

 部屋に居た、だれもが驚いたようだった。原告である父親自ら、ここで発言するとは、私たちも以外も、そこにいたすべての人が予想外だったように見えた。彼は、こう言っていた。

 

 「もういいだろう」

 

 父親の鋭い眼光が、裁判官の目に向けられていた。そして、今度ははっきりした声で、こう続けた。

 

 「もう、ここらでいいんじゃないか?そろそろ、終わりなさい」

 

 部屋のなかが、ざわつき始めた。しかし、この時、私たち兄弟も、即座に父の言葉の真意を量りかねていた。和解なのか判決なのか。一体、父はどのように幕を閉じることを望んでいるのだろうか。思えば、私たちもまず、何よりも父の意向をここで聞くべきだったのだ。

 

 車椅子に座っていながら、両手で杖を握りしめ、裁判官を見据えている父親の姿に、周囲は釘付けになっていた。被害者である原告自身の言葉の重みを感じたのか、さきほどまで結論をせっついていた裁判官も、ここにきて、しばらく沈黙する状態が続いた。

 

 本当はおそらく短い時間だったと思うが、それはとても長く感じた。ここは父親の決断に任せよう。これも暗黙に了承し合った私たち兄弟は、父親がどのような結末を下すのか、固唾を呑んで待った。



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