ほんの少しの間、静まりかえったS弁護士の事務所の応接室内で、時間の流れが遅くなったような感じがした。その間、彼に質しておかなければならないことが、私の頭の中をかけめぐっていた。その時の私の表情は、多分、固くこわばっていたと思う。
「これから、だいたいどれくらいかかりますかね」
私は、再度切り出した。S弁護士は、何気に重い空気を察したのか、それを断ち切るかのように、快濶に答えた。
「まぁ、様々な弁護士がいましてですね。特に地方に行く場合、特に泊らなくてもいいのに、わざわざホテルに泊まってホテル代を請求する悪い弁護士もいるんですよ。特に泊まらなくてもいい場合があるのですがね。私はそのようなことはしません。私の場合は、日帰りで往復しますので、そこら辺はご安心して下さい」
やっぱり、そういう弁護士もいるのか、と思った。私が、「それは高くつきますね」と言ったあと、また、二人の間に沈黙が流れた。
すると、彼はそれを破ってこう言った。
「まぁ、大体、この裁判に関しましては、3回くらいで大丈夫ですよ。そんなにかからないようにしますよ」
3回?その時、その3回という意味が、私には直ちには理解できず、「3回といいますと?」と問い返してしまった。
「3回そちらの地方裁判所に私が出向くということです。つまり、3回分くらいの実費分が将来的にかかるということです。」
「えっ、3回で済むのですか?そんなに短い裁判になるんですか?」
思わず、そう問い返してしまった。まさかそんな短期間の裁判になるとは夢にも思っていなかったからだ。
「ええ、今では、このような場合、直接裁判所に行かなくても,法廷に設置された電話会議システムを使って電話できるんですよ。要は、電話裁判です。最近では、遠方からくるのが困難な場合は、電話で協議することができるんです。それを利用すれば私が頻繁に行かなくても、3回で可能ということです」
なるほど、そうゆう便利なシステムがあるのか、と思った。ある程度は出費は覚悟していたものの、S弁護士の話で予想以上にかさみそうに思えていただけに、この話には、すこし安心させられた。裁判の現実について、いかに無知だったのかも、改めて思い知らされた気持ちだった。そして、どうも弁護士の言葉に一喜一憂しているような自分にも気が付き始めていた。
「電話会議の時は、私も同行して裁判の進行状況をその場で聞けるのですか」「まず、日時と時間を決めたら、基本的に、裁判所から事務所に電話がきて対応するわけですよ。もちろん、スピカ―フォーンにするので、横で話は聞けます」
「それと3回とおっしゃいましたが、その3回の内訳はどのような感じになりますか」
「流れ的には、第一回の弁論と、最終弁論には私も出廷という形になりますね。残りの一回分は、裁判官の顔を見て心証をつかむために、行く予定ですね」
第一回、最終弁論は、当然のことのように素人でも理解できたが、「心証」をつかむということについては、それも裁判で勝つためのテクニックの一つなのかと、自分なりの解釈で、その場では分かった気になっていた。のちにこの「心証」という理由づけが、トラブルの原因になるのだが。
ある程度、流れが把握できたことで、少し見通しが立ったように思えた。すると、今度は、請求額について弁護士がこちらの希望を尋ねてきた。私は、資料を見ながら返答するため、それを取り出した。