司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 記憶をたどると、あの電話会議システムでのやりとりの後、数日が経過した頃だったと思う。ある晩、次回予定の裁判のために、S弁護士が地元に行くことについて、兄に連絡を入れてみた。

 

 兄の口調は、普段より穏やかではく、むしろ、苛立っていたように感じた。

 

 察するに、電話での審理がまともに進行しない上に、高額な交通費を払ってまで、来てもらってもいかがなものなのかという、疑心が芽生えていたようだった。これに付け加えて、以前の審理でフォローがなかったことも響いていたように思えた。

 

 前回の電話会議システムを目の当たりにしてみれば、おおよそのことは想像できていた。S弁護士に対する不安が浮き彫りになってきたのは事実だった。

 

 これまで、私たちのなかには、やはりS弁護士が唯一、この裁判を引き受けてくれた先生、いわば、パートナーという気持ちがあった。不信感を持っても、S弁護士を信じ、民事裁判終盤へ向かっていくしかない、と。おそらく、多くの裁判を体験したことがない、市民が陥る、感情ではないかと思う。

 

 しかし、今度ばかりは、兄弟間で話会った結果、これまでの民事裁判の経緯を考慮した上で、S弁護士に地元に来て頂く必要性はないだろうという結論に至った。電話会議で十分ではないか、というのが、私たちの結論だったのだ。

 

 翌日、私は早速、事情を説明するため、S弁護士の事務所に連絡を入れてみた。先日のS弁護士の様子では、地元へ行く意欲が溢れていたように見えたこともあり、今回の地元行きを見送ってほしいと求めた場合、どのような反応をするのか、正直、気になった。こんなに依頼者は、気を使わなければならないのだろうか、とも思いつつ。

 

 外から携帯では、騒音がうるさく声も聴きにくいため、公衆電話を使い、連絡を入れたが、「不在」とのことだった。その日仕事で、忙しかったため、代わりに兄に連絡してもらえないかお願いした。クライアント先で商談が終わり、携帯をふと見ると、S弁護士の事務所からの着信履歴が残っていた。多忙だったため折り返しの連絡はできなかった。

 

 その日の夕方、兄にS弁護士と連絡がついたかどうか確認すると、結局、彼も結局、連絡がとれなかったという。その日、S弁護士は、たまたま多忙だっただけなのであろうか。ニューヨークから帰国した際、窓口は私に代わり、兄となるとS弁護士に伝えたにもかかわらず、なぜ、S弁護士は兄に折り返しの連絡をしなかったのだろうか――。どんどん疑念が膨らんでいくのを感じていた。

 

 その日の夜、私は兄に再度、この件で連絡を取り、次回裁判にかかわる重要なことだから、一刻も早く、こちらの主旨を伝えねばならないこと、電話だと今日みたいにすれ違いになるか、連絡がとれないこともあるから、兄が、証拠が残る電子メール送ることなどを確認した。

 

 その時の私たちには、事細かなことに至るまで、判断の基準とするものがなかった。こういう時、普通の弁護士はどう対応するものなのだろうか。これがこの世界では、当たり前で、特別彼が非常識なことをしているわけではない、ということなのだろうか。

 

 当然のこととして、S弁護士は、きっとこちらの事情を把握し理解を示してくれる――。その時の私たちは、そう信じて、S弁護士の返信を待っていた。



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