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 ウクライナのゼレンスキー大統領が3月23日に行った日本の国会での演説で、憲法9条の存在を踏まえていたという報道が流れた。ウクライナのセルギー・コルスンスキー駐日大使が日本記者クラブでの会見で、大統領の演説の言葉は、「非常に慎重に選ばれている」とし、「もちろん憲法9条については認識している。日本の政治的環境、とりわけ人々の戦争に対する姿勢についても考慮している」と述べたことによるものだ。

 確かに同大統領は米欧諸国の議会に向けた演説で武器供与を強い口調で要求したのと対照的に、日本へは対ロシア制裁の継続、国土の復興、国際機関の改革での尽力を求めるにとどめている。

 このゼレンスキー大統領が示した9条の存在に基く配慮と、同条をめぐる日本の政治家の反応は、ちぐはぐにも見える現実がある。むしろ、ロシアによる軍事侵略を「力には力しかない」とばかり、あたかも9条をこうした侵略に無力であるという論調が台頭。さらには「核保有」や「敵地攻撃能力保有」の必要性まで、議論を拡大しようとする動きが出始めたからである。

 かつてから9条を目の敵のようにしている自民党議員や一部勢力の「悲願」からすれば、この事態を口実化しようとしているのは明白である。それを考えれば、ゼレンスキー大統領の「配慮」も、素直に歓迎できるものではなかったのかもしれず、もっと言ってしまえば、9条への「配慮」ではなく、欧米に対してと同様、同条に収まりきれない要求が示された方がより口実化には都合がよかったと考えている人間もいるのかもしれない。

 問題は、この国の多くの国民が、今回の事態をどういう教訓として理解しようとしているかである。不安なのは、いうまでもなくウクライナの状況が伝える戦争の悲惨さと恐怖が喚起させる、「力による防衛」の必要性である。そして、当然のことながら、前記9条の実質的破壊につながる一連の動きは、この大衆への不安の説得力に依拠している。いわば、世論の後押しを期待できる、口実化の好機である。

 「確かに主権国家には自衛権がある。でも、攻められたからといって応戦すれば、相手も応戦し、暴力の連鎖が始まります。本当に国や人々を守れるかというと、難しい」

  4月15日付け朝日新聞朝刊オピニオン面「耕論 戦うべきか、否か」で、論者の一人、映画監督の想田和弘氏は、非暴力抵抗の意義について分かりやすく持論を展開している。いわば、自民党議員が描く「敵地攻撃」や大衆が想定してしまう、目には目を的な「力による防衛」の先に広がる、9条を煙たがる人間たちが伝えない現実である。

 「想像してみて下さい。自分や家族を守るために、いったい何人殺さなければいけないのか。そういうことが自分に、本当にできるのか。戦闘では、銃を乱射して相手の頭や胸に命中させないといけない。頭に命中したら脳みそが飛び散ったり血が吹き出したりする。私は自分にそういうことが可能だと想像できない。仮に可能だとしても、それで生き延びて、幸福になれるだろうか」

 「相手の兵も民衆です。敵国のトップには弾は届きません。民衆同士が殺し合って、何になるんでしょう」

 今も、そしてこれまでも、この想田氏の問いかけに、「平気」「大丈夫」と心底胸を張れる人間が戦場に赴き、闘い、殺し合いの局面に立たされているわけではないはずだ。おそらく平時ならば、多くの人は想田氏の考えに共感するだろう。それが、戦時に語られる「国を守る」ことは「家族や仲間を守る」ことという理屈への理解や諦念、あるいは思考停止によって、彼らは目をつぶるのである。

 そこにはあまりにも残酷な、口実化が潜んでいる。国や家族を守るという大義の前に、人間性を喪失させる。あるいは戦場で対峙する双方の人間が、同じように国家の論理と口実によって、過酷な選択の局面に追い込まれ、人間性を奪われ、互いに殺し合う。呪うべきは敵ではなく、そういう状況に国民は追い込んだ国家かもしないのに。

 「それよりも、もしかしたら国の指導者が一切交戦しないことを決断し、国を挙げての組織的で徹底的な非暴力・不服従の抵抗を呼びかけた方が、国や民を守れる可能性があるのではないか。侵略者に占領されても、軍も警察も官僚も労働者も、組織をあげて一切協力しないのです。人々の協力なしに侵略者は国を支配できないからです」

 こういうことをいうと、ナチスドイツに弾圧された殺されたユダヤ人も、日本軍に虐殺された南京市民も、無抵抗だったのではないか、という人もいる。確かに答えはもちろん簡単ではない。ただ、大事なのは、口実化の論理に巻き込まれず、想田監督が提示した現実がフェアに天秤にのせられているのか、と、少なくとも大戦を経験した、われわれが守ってきた9条によって、戦後、私たち国民が他国民を殺していない事実に、私たちは本当に胸を張れないのかということである。



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