S弁護士の復帰はなくなった。予想通りというべきか。正直な所、ほんのわずかながら、「復帰」を期待していた節もあったが、もはや仕方がない。振りだしに戻ったのか。今までの時間はなんだったのだろうか――。そう、ぼやく自分がいた。
しかしながら、落ち込んでいる暇はなかった。一刻、一刻と迫る次回の裁判までに、なんとか態勢を固めなくてはならなかった。焦る気持ちを落ち着かせながら、混乱している頭の中を整理することから始めた。
今、ここでS弁護士と紛議調停をおこして、何か得することはあるだろうか。改めて推測すると、得るものは無に等しいという気持ちになり始めていた。むしろ、仮に紛議調停で勝利を収めても、自己満足は得ても、肝心の父の裁判で、こちらの利益につながるものは見つかるだろうか、と。民事裁判と同時進行に、紛議調停などしていると、やはり失うもの方が大きいのではないかという考えが頭をもたげていた。吸い上げられる時間、そして精神的な疲労も、私たちに追い打ちをかけてくるだろう、と。
それらを考慮すると、戦況がはっきりと見えてきた。こうした私たちの状況に喜ぶのは、なんといっても相手である社会福祉協議会だろう。S弁護士辞任騒動にこだわり、同弁護士に関わっていては、私たちは前に進めないとさえ思えてきた。
この裁判の目的は何だったのか。それは、父親のお金を介護ヘルパーに窃盗された挙句、社会福祉協議会から被害者であるはずの父親が問題児扱いを受け、「汚名」を被った、それを晴らし、父親の名誉を回復することだ。たまたま出会ったS弁護士の、弁護士としての姿勢を問うことに関わっている場合ではないのだ。
直面している民事裁判に集中し、紛議調停は回避するべきだ、そしてやはり、今倒すべき相手は、元凶である社会福祉協議会なのだ。そのことを確信した。今まで味方と思っていたものから裏切られる精神的な苦痛と悔しさが交錯するなか、それを断ち切らないと前進できない。改めて弁護士という味方を失う市民の混乱と苦悩の大きさを感じていた。
兄とも話し合い、すべて納得いく結果ではないが、ここは着手金の半分返金と引き換えに終結し、そのおカネ元手に、再度、新たなる弁護人を探そうということになった。この時点では、私たちは、まだ弁護士の存在と力に期待していたのだった。
兄が再度S弁護人へと連絡を入れ、こちらの意向を伝え、その方向が決まった。こうして私たち家族と弁護士の初めてのタッグは、完全に崩壊した。こうしたケースでも、市民が積極的にアクションを起こさなければ、おカネは戻って来ない、同じようなケースで泣き寝入りや初めから諦めた対応をしてしまう市民も少なからずいるだろうな、とも思った。もし兄が、今回、紛議調停、懲戒請求を交渉のカードとして切らなければ、およそ弁護士側から半分返金などということを提案してきたり、それで了解するということはなかったはず。そんなことを考えると、何やら後味の悪い、複雑な思いが残った。