日弁連が入っている霞が関の弁護士会館に行った。S弁護士とのことを、どうしてもこのままにはできない、という気持ちだった私は、なんらかの解決の糸口、というよりも、納得のいく形を求めていたのだ。
入口に入ると、エントランスには思った以上に、市民とみられる多くの人たちがいた。以前、ある新聞で読んだ、ここ数年、弁護士に関するクレームが急増激しているという記事を思い出した。彼らも、私たちと同様、弁護士に関する悩みで、相談に来ている人たちだろうか。あるいは、私たちがそうであったように、藁をもつかむ気持ちで、弁護士を探し、頼ってきている人たちだろうか――。そんなことを考えながら、彼らの背中を見ていた。
受付で指定された弁護士会の窓口に行き、そこで事情を説明すると、まずは用紙に、詳細な状況を記入してから相談に応じるとのことだった。事前に知っていれば、用意していけなのにと思いつつ、早速、カウンター越しに、手短に、S弁護士が辞任に至るまでの経緯を、淡々と用紙に記入した。
それを提出してから10分くらいたって、窓口の方から声がかかった。近くのソファがあるところにて待機するように指示された。さらに、そこで待つこと数分、見た目は白髪頭のぽっちゃりした小柄な男性弁護士が現れ、挨拶してきた。早口と小声で、名前は聞き取れなかったし、彼が弁護士なのかそれとも弁護士会の職員なのかもわからなかったが、そのまま会話に入ってしまっていた。
「どうしたのか」「どこの事務所の弁護士か」など聞いてきたので、私は、手短にこれまでのS弁護士辞任のいきさつを話した。話し出すと、S弁護士との紆余曲折が次々とを思い出され、話が長くなってしまう。だが、彼はメモを取る様子はなかった。彼をみていると、何やらベテランの風格か滲み出ていて、こうしたトラブルへの対応なれしている印象を持った。彼にとって、こんなことは日常茶飯事なため、メモも必要ないということなんだろうか、などと考えていた。
彼が、どこまで私の話を理解したか分からないが、彼もうなずく形で話を聞いてくれた。話が終わるやいなや、彼はこう言った。
「要するに、弁護士が途中辞任をしたため、あなたに不利益を与えたということですね」
確信をつくような言い方だった。私は、「はい」と言ってしまってから、「不利益」という言葉が引っかかった。弁護士が現在いなくなった、というのは、確かだけれど、むしろ、本当の「不利益」はこれから被るのではないか。「不利益」を被りたくないから、私たちは必死なのではないか、と。もっとも、こんなことで、私たちが悩まなければならない状態になっていること自体、「不利益」なのだが、市民としては、本格的な「不利益」が生まれてからでは遅い。
でも、その方の表情や対応を見る限り、やはり、この手のトラブルは、よくあって、他のケースでも適切に弁護士会が対応しているのではないか、といったわずかな期待も芽生えた。だが、問題は、肝心の私たちが直面している問題について、本当に彼らが解決へと導いてくれるのか否か、そして、それがどんな形になるのかも、その時の私には皆目分からなかった。
私は、S弁護士の辞任によって、いかに私たちが、これからの「不利益」を恐れなければならなくなっているのかを、まず、目の前の彼にぶつけなければならない、と思っていた。