司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 私たちは遂に、当初、全く予定していなかった、味方弁護士抜きの法廷に座っていた。相手方には弁護士がいる。その緊張感はあったが、ただ、方針が定まらないまま、弁護士抜きでこれまでの手続きに臨んでいたときとは違う、覚悟が私と兄を強くさせているのも感じていた。

 

 ここにたどり着くまで、正直、弁護士との関係で、私たちは戸惑い、悩み、苦しんだ。本人訴訟の決断は、その苦悩の時期からの解放でもあったのだ。私と兄、そして、家族で自分たちのやり方で、父のために思う存分闘おう。そんなふっきれたような、むしろやっと闘えるというような気持ちでもあったのだ。

 

 S弁護士には、この依頼者市民の心境が分かるのだろうか。そして、最終的に本人訴訟に至る市民は、みんな私たちと同じような体験をして、そして吹っ切れるように法廷に座っているのだろうか――そんな気持ちも頭を過った。

 

 少なくとも、その時の私たちの心境は、弁護士に見離された可哀想な市民のそれではなかったことを、ここで書き留めておきたいと思う。

 

 そんな思いを胸に、私は車椅子に乗った父親を原告側の席につかせた。そこからあたりを見渡す法廷内には、これまでの手続き同様、冷たい雰囲気が漂っていた。黒服をきた裁判官が、後ろに書記官を従え入ってきた。まるで、舞台が始まるような、そんな光景にも感じた。ここで「白黒」つけようじゃないか――。心の中で、そんな風につぶやいた。
 
 少しざわついていた裁判所も、まるで裁判官の力に吸い込まれるように、静まりかえり、一瞬にして緊張感がその場を覆った。改めて裁判官の存在の大きさを実感した。そろそろはじまる、そう思った、私は、傍聴席へと下がっていった。すると、裁判速記係の人が、ツカツカと、私の所へ来て、「ご両親の隣についていただけないでしょうか」と言われた。理由はよく分からなかったが、改めて問うこともなく、指示通り、証言台の前の席に座った。裁判所も父親の様態が、気がかりだったのだろうか。

 

 ただ、その時、この流れはもしかすると「吉」にでるかもしれない、という気持ちになった。本来なら、私は傍聴席で、裁判に参加するのは、兄と父親のみのはずだった。実は、ここ数週間前から、父は年のせいか、それともこの事件の影響か分からないが、急激に肉体の衰えは目立ち、物忘れもひどくなっていた。そのこともあって、私は、この裁判に臨む父のことが無性に心配だったのだ。父親の隣に座ることができ、多少なりとも裁判の流れを説明できること、父のそばで応援できることが本当に嬉しかった。
 

 今回の民事裁判について、われわれ家族は、代理人の代わり、いってみれば代理人役をだれにするか、既に家族間で話し合いを済ませ、裁判官に伝えていた。私と兄は、十分に争点を事件にからむあらゆる内容を事前に打ち合わせ、変化球じみた質問がどっかでも飛んでくることも想定して準備していた。両方が、証言台に立てる構えはしていたが、以前から「窓口は一本化」という方針を決めていたので、家族代表を兄としていた。
 

 本音では、この件について刑事裁判から関わった私とすれば、証言台に立ち、それなりに主張したいことが山ほどあった。しかしながら、弁護士が辞任後、前弁護士が提出せず、われわれがまさに精魂込めて手作りで作成した資料と書面が既に裁判所にわたっているということが、逆に自分の気持ちを強くさせていた。これで、プロである弁護士となんとかわたり合ってみせる――大胆であったかもしないか、そんな気持ちにまでなっていた。



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