司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 私たちが当然と考えていた請求額に呆れかえるような、予想もしない裁判官の態度。その一方で、当時、私たちについていたS弁護士の態度もまた、私たちが予想もしないものだった。S弁護士は、完全に裁判官の迫力に圧倒され、顔面は紅潮させて、うなづくような感じで、なにも反論はできず、じっと沈黙し続けていたのだった。

 

 既に書いたように、請求額はS弁護士とも相談し、そのチェックを経たものだった。それだけに、同じ法律のプロとして、ここは私たちのためにその裁判官の姿勢に対し、抗議なり反論なり、なんらかのアクションがあってもいいのではないか。そういう私たちの期待は、その場で即座に裏切られた格好だった。裁判官に屈し、心は折れたか、もしくは、裁判官の心証を悪くしないための、優等生を演じたのか、もしくは、敵方弁護士と裏で口裏合わしたのか――。そんな思いが私のなかで駆け巡った。

 

 これが裁判官と弁護士の格の違いというべきなのか、という思いも、正直、過ってしまったが、S弁護士に対して、裏切られたような感じは拭いされなかった。
 

 実は、あの場面で、もう一つ引っかかるものが存在していた。それは、今でも思い出して思うことだが、あの場に支配していた一種異様な雰囲気のことだ。裁判官は、裁判が始まる前、あろうことか「この裁判、なんだっけ」と、茶化し気味に切り出した。私たちが、やる気のない、気合いを全く感じない裁判官の発言に、呆れる間もなく、彼は陳述書を一瞥するやいなや例の呆れ返ったような否定発言を行っていたのだった。
 

 この違和感は一体、何なのだろうと、私は思った。そして、浮かんできたのは、何やらはじめからこの裁判にはシナリオが存在するのではないか、ということへの疑惑だった。もちろん、あくまで勝手に憶測ではあったが、私が真っ先に疑ったのは、その裁判官と地元弁護士との癒着である。あくまで疑惑ではあっても、裁判当事者をこんな気持ちさせることは、公正でなければならない裁判官として、何でもないことなのだろうか。「公正らしさ」ということへの自覚について、問いただしたくなった。
 

 実はこの事件とは、直接は無関係だが、元検事の故・B弁護士から、のちにこの私の疑惑を裏付けてしまうような、司法裏話を聞くことになるが、その時の話は高裁の時に触れることとする。
 
 横に座っているものいわぬ弁護士の姿に、いよいよ私は悔しさが溢れ出し、いたたまれなくなり、その裁判官にこう投げかけた。

 

 「なぜ、真相究明費用の請求をしてはいけないのですか。ここには、父親をはじめとする、家族が苦しんだ過去詰まっています」
 
 すると、その裁判官は表情をやわらげ、苦笑いしながら「まぁ、はい、はい」と言った。素人扱いをして、私の言葉から明らかに逃げた感じだった。
 
 この日、それから私をはじめとする家族は、退出を命じられ、裁判官とS弁護士だけが残り話をした。S弁護士の牙が抜けた日だと以前に私は書いた。今振り返ると、無謀なことかもしれなかったが、のちに兄は、私の話を聞いた後、裁判所に対し、この裁判官に対しクレームを入れた。
 
 そんな波乱万丈な民事裁判だったなと思いながら、私は、「完全勝利」判決の余韻にひたっていた。窃盗被害額計700万円、こちらの主張が100パーセント通り、わずかであったが、真相究明費用、個々の労力の費用が公式の場で認められたと達成感があった。言葉には、言い表せないくらいうれしかった。言い過ぎかもしれないが、司法に風穴をあけたといってもいいと当時は思えた。刑事裁判では、「窃盗額15万円」として判決を出され、真実を知らない周囲には白眼視されながら、それでも、腐らずに、私たちは本人訴訟で闘い続けたことが、ここで報われたという思いがこみ上げていた。そして、その思いを一層強いものにさせていたのは、やはりあの日の前裁判官と、S弁護士の姿であったようにも思えてくるのだった。



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