司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 今回の「改革」をなんとしてでも推進し、実現しようとする側の発想には、手法にかかわる、ある共通するものがある。

 例えば、裁判員制度については、市民参加の形を、やる気のある人間による志願制・登録制をとらずに、無作為抽出によって強制的に出頭させる義務化の形をとっている。さらに、その原則的に辞退を認めず、その理由においても、思想・信条の自由に基づくものまで、排除した。

 また、一方で、裁かれる側の被告人には、裁判員裁判か職業裁判官による裁判かを選べる権利は与えず、戦前の陪審制にあったような選択制はとっていない。

 新法曹養成の中核と位置づけられた法科大学院制度では、修了が新司法試験の受験要件となり、原則的にこの過程を経ないと、それまでのように司法試験にチャレンジできなくする形がとられた。経済的な事情などを抱える志望者のために作られた唯一の法科大学院回避ルートである予備試験については、徹底的に冷遇するという姿勢で、10月13日に法務省が発表した第1回目となる今年の予備試験合格者は123人、最終的な合格率は1.9%と、いわば計画通りの狭き門となっている。

 これらは、ある発想で共通している。つまり、制度が「利用されなくなる」脅威である。裁判員制度を志願制・登録制にすれば、市民の多くは手を挙げず、「思想・信条の自由」の辞退を認めたならば、多くの人間がそれを理由として裁判員就任を回避してしまう。被告人に選択権を与えれば、素人の裁きよりもプロへの信頼から、裁判員裁判は選択されなくなってしまう。法科大学院を受験要件にしなければ、法曹志望者はおカネと時間がかかる法科大学院には行かず、これまで通り一発試験にチャレンジしてしまうし、予備試験をバイパスとして太くしてしまうのも、同様の回避傾向を生んでしまう――。

 いずれも、その懸念が、これらの制度を現在のような形に、どうしてもしなければならなかった事情として存在している。この点については、根本的にこれらの「改革」を推進する立場の人のなかにさえ、異論があった。裁判員制度の強制出頭は国民の意思を尊重する観点からは行き過ぎ、裁く意思が希薄な人間にいやいや裁かせることは問題ではないか、思想・信条の自由は認められなければおかしい、さらに、法科大学院はこれまでの司法試験制度に比して、極端に受験機会の制限につながるこれらが、多様な人材確保を目指すという目標と現実的に矛盾する、といった見方があったのである。

 しかし、それらの異論を封じて、その頭越しにこれらの制度が選ばれたのは、まさに「利用されなければ元も子もない」という前記脅威を背景にした結論だったといっていい。

 さらに、この立場を支えるのは、大きく二つの言い分だ。一つは「改革」当初はこれはやむを得ない選択であるというものだ。一般論としての新制度に対する不慣れな感覚や拒絶感をかぶせて、制度定着にはこうした手法が必要という見方である。

 そして、もう一つはそれを裏打ちするようにいわれる理念の正しさである。いうまでもなく、裁判員制度は国民の良識を司法に反映させるという大義がいわれるし、法曹養成についていえば、「点からプロセス」の効果やそれまでの受験技術依存型の志望者のあり方の転換、理論と実務のかけ橋といった司法審が描いた理念が語られ、そのためのこれら法科大学院本道主義に立つ強制型の制度の正当性もいわれることになる。

 しかし、この見方の最大の弱点は、「利用されない」中身の問題である。制度が利用されない、選択されないということは取りも直さず、ここは国民の支持が得られない、あるいは得られていないことを意味しているが、それは無視していいものかどうかである。

 裁判員制度の強制に疑問をもつ考えも、思想信条として「裁きたくない」という感情は、十把一絡げに排除されるべきことなのか、誰に、またどういう人間に裁かれたいか、裁かれるべきかというテーマは、国民に問われる必要がないものとして片付けていいのか、受験機会を奪って、法科大学院本道を強制する必要は本当にあるのか――。

 実は、これらの根源的なテーマ、制度の国民的な了解を支えるテーマを覆い隠す形で、「利用されなくなる」ことを回避するこれらの方策が選択されているようにとれるからだ。

 別の言い方をすれば、ここを堂々と提示し、あるいは制度としても選択肢をあらかじめ作って、それでも利用される、選択される制度を目指すというやり方はとっていないということである。

 こうした「改革」のあり方が問われ始めている中、この「利用されない」脅威に基づいた制度をもう一度見直すうえでも、もう一度理念そのものに立ち返り、それが本当に正しかったのかについて問う必要があるように思える。



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