多くの弁護士が驚愕した事件について、遂に国家賠償請求訴訟が提起された。大阪弁護士会刑事弁護委員会を中心とした有志ら約150人が参加して7月10日、被告人・弁護人の防御権侵害を理由として、国に慰謝料など計3300万円の支払いを求め、大阪地裁に起こしたのである。
事件は、強盗否認事件の一審審理中、期日間整理手続が終了し、共犯者とされる証人尋問の直前、大阪地検が大阪拘置所内の被告人居室等に対する捜索差押許可状の発付を求め、裁判官の令状発付受けて、2010年7月、捜索差押えを行い、結果、審理中の事件に関する弁護人宛の手紙や弁護人が差し入れた尋問事項メモなどを押収したというものである。
あくまで被告人と弁護人とのやり取りを内容とするものであることを分かったうえで行い、また還付を行わず、それどころか、付箋を付けるなどして精査した形跡があるともいう。
提訴の日、大阪弁護士会の藪野恒明会長は「前代未聞」として、被告人・弁護人の秘密交通権侵害、さらには「被告人が刑事訴訟における主体として、検察官と対等な立場で訴訟活動を行う権利、即ち被告人の防御権を直接に侵害する違法な行為」と厳しく指摘した。弁護人と被告人との間の情報や被告人自身の考えをまとめたものなどを捜査機関が覗き見ることで、「実質的に被告人の防御権に対する回復不可能な侵害を与えた」としている。
ただ、弁護士が驚いているのは、差押許可状の発付を求めた捜査機関もさることながら、これを認めた裁判所に対してである。なぜなら、これを許可することが前記したような侵害に当たることは、裁判官の立場からすれば、明らかに分かっていたととれることだからだ。
拘置所では弁護人以外の者との被告人との書類のやり取りは全て内容をチェックされており、捜査機関はすべて把握できる。要は、彼らにとって差押えの価値があるのは、当然、弁護人と被告人のやりとりということになる。したがって、拘置所を捜索場所とした時点で、接見交通権侵害の危険は当然予想される。裁判所としては、その分かりきった状況のなかで、仮に許可状を発付するにしても、対象物から秘密交通権侵害となる対象物の除外を明記したものを発付してしかるべき、という見方も出ている。
つまり、弁護士が今、一番驚いているのは、この裁判官のいわば、人権感覚の問題なのである。ただ、ここから先は、今回の件をどういう枠組みでとらえるべきことなのかは、今のところ良く分からない部分がある。かねてより、裁判所の令状審査について、捜査機関のいうなりのずさんな実態が指摘されており、今回の結果も、そうした枠組みで、いわば問題ある慣習のなかの「手抜き」案件としてみることはできる。また、一方で、これは根本的な裁判官の資質や能力の問題としてとらえるべきことかもしれない。人権感覚が基本的に麻痺し出している、いわば質の低下、あるいはそうした「異変」としてとらえる素地も残っている。
報道は、被告人と弁護士の氏名を明らかにしながら、裁判官名を報じていない。全く隠す意味がない。もちろん、これは正当な審査に基づいている建て前のはずであるから、そこに一定の配慮が働くこと自体、裁判官自身が有り難迷惑ととらえても、本来当然の話である。
むしろ、刑事司法の現場で、何が起き、また、どんな人権感覚の裁判官が現に存在し始めているのか、そのことをきちっと社会に伝える意味は大きい。何が本当に「市民のための改革」になるのかも、そうした事実がフェアに伝えられたうえでなければ、国民は判断することができない。