司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 9月12日、法務省は、2人の死刑を執行した。2月、4月の執行に続く、安倍政権になって3回目の執行だ。民主党政権下では、事実上死刑執行を中断して議論をしてみようという動きも見られたが、谷垣法相は、死刑制度の必要性を強調しており、当分はこうしたペースで執行がされていくのだろう。確定死刑囚が百何十人もいる上に、厳罰化が進んでいることを考えると、この先、執行のペースも執行数も増加していかざるを得ないのかもしれない。

私自身は、死刑制度への賛否について、未だに態度を決められないでいる。刑罰に応報としての性格があることは否めず、あまりにも残虐な事件について、遺族が極刑を望むことは無理もないと思う。

 他方で、弁護士としては、裁判など、間違えて当然という感覚が拭えない。神ならぬ身が裁く刑事裁判において、絶対に取り返しのつかない死刑という判断を裁判官や裁判員に委ねるなど、とても怖くて見てられないというのが正直なところだ。

 その意味では、弁護士は裁判員にはなれないので、任官しない限り、死刑の最終判断に関わらないですむことが、むしろありがたい限りだ。

ところで、死刑が執行されると、各地の弁護士会が、会長声明を出すのが通例となっている。以前は、端的に死刑制度に反対し、執行を非難するものもあったようだが、最近では、制度の可否にはあまり触れず、国民的な議論が尽くされるまで、執行を控えるべきだという、ややトーンを落としたものになっている。死刑制度に賛成の弁護士も少なくはないので、色味のない、中立的なところに落ち着いているわけだ。

 私が副会長をしていた年は、鳩山邦夫氏が法相で、ほぼ毎月、死刑を執行していたため、こちらも毎月、会長声明を起案する羽目になった。意見が割れている中を、なるべく当たり障りない表現で声明を通そうとすると、文章のバリエーションなど、そうそう準備できるものではない。秋頃にはもうネタ切れという状態で、ずいぶん苦労した記憶がある。

 常議員会でも、同じような声明を繰り返すことに意味があるのか、という意見は多かったし、そもそも、死刑に賛成の弁護士がいるのだから、会としてそんな声明を出してはいけないという意見も強かった。

 難しい問題だが、やはり、弁護士は、裁判は間違えるものだということを目の当たりにしている数少ない職業だ。何らかの形で、裁判は怖いんですよ、ということだけは、世に訴え続けなければならないのではないかと思う。



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