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 〈最高裁の態度〉

 

 最高裁がこの裁判員制度の推進に殊のほか力を入れていることについては、2011年11月16日最高裁大法廷判決に目を通せば明らかである。私はこれまでにその判決を複数回批判してきた。しかし、憲法上、最高裁という、政治とは切り離されているべき国家機関が、まるで行政機関のようになりふり構わず推進をはかるについては、批判はしても、それが何故かについては良く分からなかった。

 

 司法制度改革審議会の審議の過程で、大方の裁判官の意見として憲法上疑義のないものとして評決権のない参審制を提案していた最高裁が、一転して制度推進に舵を切るに至った経緯については、「トップの刑事系裁判官たちが民事系に対して長らく劣勢にあった刑事系裁判官の基盤を再び強化し、同時に人事権をも掌握しようとしたことにある」「これは有力な見方というより、表立って口にはされない『公然の秘密』というほうがより正しい」(瀬木比呂志「絶望の裁判所」p67)との指摘があり、仮にそのようなことが事実あったとしても、何故に刑事系裁判官だけで構成されているわけではない大法廷が全員一致で合憲判決を出したのかの理由は、それだけでは説明がつかない。

 

 また、2012年2月13日第一小法廷判決(いわゆるチョコレート缶事件)について私が白木裁判官の補足意見の批判として「ラフジャスティスでなければ裁判員制度は成り立たないことを認識しつつ、ラフジャスティスを容認しても裁判員制度を何とか維持させたいという熱意、情熱の発露がこの一小判決の生みの親であったと思わざるを得ない」と評したことについても(前掲拙著p168)、何故そこまでして、つまり刑事訴訟の大原則を歪めてまで裁判員制度を維持しようとするのかの意図を理解させるものとはならない。

 

 

 〈官僚裁判官に都合のよい制度〉

 

 我が国の裁判所は、この裁判員制度対象の事件処理を除けば、民事、刑事、家事に関する裁判は基本的に官僚裁判官のみによって運営されている。国会が制定した裁判員制度は、当初裁判官僚にとっては一般市民という余計なものが自分の職域に参入してくるので好ましくないものと映じたかも知れないが、「アメリカ人弁護士が見た裁判員制度」(コリンP・Aジョーンズ著、平凡社新書p210以下)に記されているように、その余計なものの参入が官僚裁判官にとっては極めて都合の良い制度にできあがっていることを裁判所は知るに及んで、かかる制度の採用は裁判所にとって維持した方が良いとの判断に至ったと解する方がしっくりくるのではないかと思われる。

 

 或いは、前掲ジョーンズ氏の著書に記載されているように、「(プロの法律家にとっては)何らかの形での国民参加が不可避となった以上、いかにそれを司法にとって有利な形で実現するかが課題になる……そしてでき上がった裁判員制度は……裁判官たちにとってかなり有利なものである」つまり、司法官僚が巧みに彼らに有利になるように制度設計を試みたということも考えられる。

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