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 〈一小判決の示す原審判決の審査内容〉

 一小判決は、原判決に論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを具体的に示さなければ事実誤認があるとは言えないと判示し、原判決が一審判決を覆した理由について逐一検討している。

 この事件の結論を左右するのは、被告人の違法薬物の認識がなかったという供述の信用性の評価であり、一審判決は信用出来ないわけではないと認め、原審は被告人の弁解は信用し難いと判断したということである。上告審は、原審の、信用し難いとして掲げた論拠について一々検討を加え、変遷する被告人の供述は一般には供述の信用性を大きく減殺する事情としながらも、被告人の最終的弁解についてこれを排斥するのに十分なものとは言えず、「一審判決のような評価も可能である」と判示する。

 もとより記録に当たったわけではないのでかかる検討についてその是非を論ずる立場にはないが、ここに記述されていることによっても、何故に被告人の最終的弁解を排斥しなければ被告人の弁解を排斥できないのかについては疑問が残る。

 原審のこの部分についての判示は、被告人の弁解が二転三転し、最後に捜査員からマレーシア渡航費用の支弁者の存在を指摘されて、苦し紛れにいわゆる最終弁解に至ったというのであるから、その弁解自体も措信し得ない、被告人の供述は虚偽の塊だとして、被告人の弁解を全て排斥したとも解されるものであり、そのことは何ら不合理なことではなかったのではないかとも考えられる。

 一小判決は、被告人の逮捕時の言動(それがどの範囲のことを指すのか定かではないが、その前後と捉えて)それ自体を取り上げて、違法薬物の認識がなかったとしても説明のつかない事実ではないと判示しているが、原判決の挙示する事実関係を見れば、その言動のみによって違法薬物の認識があったとは断定し得るものではないにしても、覚せい剤発見後直ちに逮捕された際偽造旅券について言及せず、動揺することもなく素直に逮捕に応じたという状況は、限りなく覚せい剤の所持についての認識を疑わせる重要な事実であろう。「必ずしも説明のつかない事実であるとはいえない」と軽視し得る事実とは思われない。

 一小判決は、被告人が最終的弁解に持ち出した、被告人への金銭交付者(D)を意図的に隠した点について被告人の故意を裏付ける事情とみた原判決も理解できないわけではないとしながらも、被告人の違法薬物の認識がなかったとしても相応の説明ができる事実といえると判示する。

 一小判決の掲記する事実関係を見ると、このDという人物は覚せい剤輸入事件で公判中の身の者であって、マレーシア人(C)(被告人は当初「イラン人らしき人」と述べていた)から受け取った覚せい剤の最終的受領予定者(B)への橋渡し役の人物のようである。

 このDの存在を明らかにしなかったのは、被告人としてはこれを明らかにすれば被告人の被疑事実である覚せい剤の所持の認識を捜査官から強く疑われると思ったからであろう。しかし、それはこのチョコレート缶内に違法薬物があることの認識があったればこその反応であって、その認識がなければDの名前を初めから出しても差し支えのないことではなかったか、それを秘匿したのは、やはり違法薬物の認識があったからであり、その疑いは極めて濃厚であるとの心証を抱いたとしても経験則上何らおかしくはない。

 
 〈ラフジャスティスを容認しても制度維持の姿勢〉

 その他一小判決は、原審及び一審判決を論点ごとに子細に分析し、「必ずしも不合理ではない」「不合理な点があるとはいえない」「理解できないわけではない」「説明のつかない事実であるとはいえない」「相応の説明ができる事実」という用語を反復して用いて、一審判決(裁判員裁判判決)を救済しようと努めた形跡が極めて濃厚である。

 心証比較説による事実審査であれば明らかに救済し難い一審判決を、敢えて救済している感が極めて強い。一小判決は、何故にこれまでの控訴審の事実審査基準を変更し、一審尊重に涙ぐましいとまで思われる努力をしなければならなかったのであろうか。

 その謎を解く鍵は、白木裁判官が図らずも吐露したつぎの言葉に表されている。

 「裁判員裁判においては、ある程度の幅を持った認定・量刑が許容されるべきことになるのであり、そのことの了解なしに裁判員制度は成り立たないのではなかろうか」

 ラフジャスティスでなければ裁判員裁判は成り立たないことを認識しつつ、ラフジャスティスを容認しても裁判員制度を何とか維持させたいという熱意、情熱の発露が、この一小判決の生みの親であったと思わざるを得ない。言いかえれば裁判員制度のためならば刑事訴訟の大原則を曲げることをも厭わないという、前記大法廷判決の裁判員制度維持に寄せる並々ならぬ情熱と軸を一にする表現である。裁判官がこのように国策維持、推進の意思を明確に打ち出すことは許されるのであろうかとの疑念を抱く。



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