兄が「犯人」の母親に会った翌日、兄のもとに驚くべき情報が舞い込んだ。それは町議員から入った一本の電話でもたらされた。電話口で町議員は、いきなり、まくしたてた。
「大変なことになっているとの連絡が入った」
兄は不安を押さえながら、何が大変かと聞き返すと、彼からは「参ったよ。こんな展開になるなんて」という溜息まじりの声が返ってきた、という。
それは、昨日から今日に至るまで、正確には兄との会見後、「犯人」の母親と町関係者との間に、奇妙なやり取りがあったという情報だった。兄の頭をまず駆け巡ったのは、「もしや寝返りし控訴する」と言い始めたのか、ということだった。しかしながら、「犯人」の母親とは、昨日、「控訴はしい」という方向で約束を交わしたばかり。「まさか」とは思いながら、兄は町議員に言った。
「控訴はしないと、母親は、はっきりと僕にいいましたよ」
すると、その議員は、淡々とこう述べたという。
「その話は十分理解している。でもね、あなたが行き、話し終わった後、実は、町長および、彼を取り巻く幹部連中たちが犯人宅のへいき、『控訴しないとこの町にすませないようにするぞ』と、犯人の母親を脅したらしいんだ」
その話を兄から聞いた時、私は耳を疑った。一夜明け、このような展開になろうとは、思いもよらなかったが、そこまでのことをする彼らの行動は、私の想像を絶していた。この話を事実であれば、彼らがとったこの行動は、明らかに常識からかけ離れている。
ただ、その一方で、これまでの私が裁判中、今まで味わった経験と照らし合わせると、あの町長たちなら後先のことを考えずに、やりかねないと、妙に納得する気持ちにもってきた。「控訴」断念した町民を再び、裁判の世界へ連れ戻そうとする。そこには彼らのメンツにこだわる、それこそなりふり構わぬ姿勢が読み取れた。
このような暴言を、加害者家族はどう受け止めたのだろうか、脅しに屈し、すぐさま控訴するという構えに転じるのだろうか。こんなことを持ちかける連中だ。初めかなんらかの形で、裏取引していたのではないだろうか――。そんなことが、私の頭のなかをぐるぐると駆け回っていた。
改めて私たちが闘っている相手が、どういう人間たちなのか、そのことを思い知らされたような気分だった。
とにかく考えても埒がない。「百聞は一見にしかず」という言葉通り、まずは、真相を探るために、もう一度「犯人」の母親のもとにいくべきだ、と、私は兄に勧めたのだった。