司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 社協と被告一族を退席させた裁判官は、改めて私たちに決断を迫ってきた。先ほどの高圧的な調子はなく、優しい語り口だった。

 

 「どうしたのですか?このまま、ずるずると裁判を続けるつもりですか?もしくは、判決にするのですか?」

 

 「ずるずる」という言葉が、ひっかかった。柔らかな態度に出てきた理由は読み切れない。でも、いずれにしても、この言葉には、「このまま裁判を続けてもいいことはない」と言っているような響きがあった。懐柔するつもりなのか、と逆に私は少し身構えた。

 

 裁判官の心情を察すれば、妊婦弁護士の体調を考慮して、即、裁判を終わらせたいという意向が伺えた。でも、果たしてこれでいいのだろうか、という気持ちがもたげてきた。控訴してきたのは、あくまで社協だ。一審の際、一度は裁判官に和解を勧められ、法廷でそれををのんだ。しかし、それに対して、判決を望んだのは社協の方である。そして、高裁まで、裁判を長引かせたのは、控訴した社協なのである。あまりにも都合がよすぎないか――。

 

 筋論のような、そこが私にとっては、どうしてもごたわらざるを得ないところだった。これは、裁判の素人的な感情だったのだろうか。弁護士がいたならば、なにかしらあっさりと説諭されていたのだろうか。

 

 「判決。うん、判決、これもありかもな」

 

 私は、小声でゆっくりとつぶやくように言ってみた。すると、一瞬、裁判官の表情に明らかな変化が起こった。耳を疑うような表情で、ひきつっている。

 

 「えっ、判決と言いましたか?」

 

 焦ったように言う裁判官に対し、あくまで冷静にこう言った。

 

 「いや、それもあるのかという意味です。まだ、決めたわけではありません。どの方法が得策か、考えているんですよ」

 

 今、振り返ると、私たちはこの時、裁判官と心理的な駆け引きをしていたような気がする。訴訟の相手ではなく、裁判官との駆け引きなのかが必要であることを、当時の私たちはどこまで理解していただろうか。

 

 社会的立場から、社協の犯した罪は大きいはずだ。これを何もなかったことのように終わらせたくないという思いが、私たちには強くあった。その思いから、私は次のような提案を、さりげなく切り出していた。

 

 「謝罪広告。新聞紙面上に、半5段~全5段のサイズで出すのはどうだろうか」

 「謝罪広告ですか。では、一度社協さんサイドに、聞いてみます」

 

 和解への糸口を見つけたと思ったのか、即座に裁判官は返答してきた。

 

 私は、頭の中で、「おそらく、相手側はこの条件はのまないだろう」と思っていた。そう思いながら、あえて投げかけて、彼らの様子をみることにしたのだ。ひとまず、それから結論を出そうという、時間稼ぎの作戦でもあった。



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