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 〈はじめに〉

 
 最高裁判所が裁判員制度について示したその政治性については、これまでも複数回取り上げて論じてきた(司法ウォッチ2015.10.15~の拙稿参照)。しかし、これまで記述したところを念頭に置き、改めてその大法廷判決を読み直してみて、そこには先に指摘した上告趣意の捏造ばかりではなく、そのほかにも捏造或いは変造とも称し得る行為があること、それに関連して正当な上告趣意に対する判断遺脱があることに遅ればせながら気が付いたので、それをここで指摘し論じたい。

 

 

 〈大法廷判決の掲記する上告趣意〉

 
 先のいわゆる裁判員制度合憲大法廷判決(2011・11・16判決、最高裁刑事判例集65巻8号、以下「大法廷判決」という。)において、上告人弁護人(以下「弁護人」という。)が上告趣意としないことを明言していることについて、最高裁はさも上告趣意とされたかのように判断を示したことについては、それは上告趣意の捏造であり、その判断には判例としての価値はない旨論じた(司法ウォッチ2013.12.15~2014.3.1)。

 

 その上告趣意の捏造については前記拙稿をご覧いただくとして、本稿で論じたいことは、大法廷判決のメインの判断部分、裁判員制度を合憲と判断したその判決理由冒頭の上告趣意としてまとめられている次の部分についてである。

 

 それは「憲法には、裁判官以外の国民が裁判体の構成員となり評決権を持って裁判を行うこと(以下『国民の司法参加』という)を想定した規定はなく、憲法80条1項は、下級裁判所が裁判官のみによって構成されることを定めているものと解される。したがって、裁判員法に基づき裁判官以外の者が構成員となった裁判体は憲法にいう『裁判所』に当らないから、これによって裁判が行われる制度(以下『裁判員制度』という)は、何人に対しても裁判所において裁判を受ける権利を保障した憲法32条、全ての刑事事件において被告人に公平な裁判所による迅速な公開裁判を保障した憲法37条1項に違反する上、その手続は適正な司法手続とはいえないので、全て司法権は裁判所に属すると規定する憲法76条1項、適正手続を保障した憲法31条に違反する」というものである。

 

 

〈弁護人の上告趣意〉

 
 ところで、その最高裁が上記のように上告趣意としてまとめた部分について、弁護人は、上告趣意書においてどのように記述しているであろうか。

 
 その上告趣意として弁護人が述べている要旨は「第一審判決は、正規の裁判官(最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣でこれを任命するとの憲法80条1項本文前段の規定に基づいて任命された裁判官のこと)3名によって行われた外観を有するが、実際には正規の裁判官ではない「裁判員」なる者が加わってなされたものであり、かかる裁判は憲法が許す「裁判所」による「裁判」ではなく、刑事訴訟法377条1号に該当し、同法405条1号の定める事由となる」というのがその冒頭部分である。

 
 同弁護人はその理由として、大凡以下のとおり述べる。
 裁判員は、正規裁判官とは異なり、市町村の衆議院議員選挙人名簿に登録されている者の中から「くじ」という全くの偶然で選ばれるに過ぎない。それは正規裁判官の任命手続とは根本的絶対的に異質な手続である。裁判員は裁判の評決において強権を有する。裁判を受ける被告人の立場からすれば、「裁判員」も「正規裁判官」も「私めをお裁きなさるお方であり御上(おかみ)である」ことに違いはない。裁判員制度を認める条文は憲法上どこにもない。裁判員の加わった裁判所は憲法32条、76条1項の裁判所ではない。それは公平か不公平かの問題以前のことである。被告人にはこの裁判員裁判から逃避できない。また裁判官については陪審法95条に匹敵する条文はない――というものである。

 
 さらに、弁護人が上告趣意の結論として「『裁判員制度』は『違憲のデパート』と言われるほど多種多数の憲法問題を包含している。しかしながら本件での上訴理由としては、最も単純で明快な問題として、憲法80条1項本文前段の『正規裁判官』の任命制度と裁判員法の『裁判員』の選任制度との齟齬矛盾の問題だけをとりあげるにとどめる」と述べている。

 
 この弁護人の上告趣意は、要するに「全くの素人である者の中から『くじ』で選ばれた者に、裁判において被告人に対する生殺与奪の権を与えることは憲法の認めないところである。そのような者の加わった裁判は裁判とは言えない」というものである。

 

 弁護人がその上告趣意結論部分で強調しているように、弁護人が最高裁に対しその判断を求めていることは、正規裁判官の任命制度と裁判員の選任制度という裁判担当者の選び方の食違いは憲法上認められるものか否かということであり、憲法問題に関する上告趣意は上記の点だけであって、そのほかの問題は本事件には関係がないと明言しているのである。



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