私に「忠告」してきたクライアントに、自分の考えていること純粋に意見として伝えてみた。
法律の知識からして、(弁護士がいるのといないのでは)雲泥の差はある。民事裁判に対する経験値という面から見ても圧倒的に不利なのは確か。でもこの民事裁判については、法律という概念に縛られずに、社会通念に照らし合わせて、一般市民が持っている感覚や常識で挑んでみるつもりなのだ、と。無謀かもしれなかったが、その時、私たちは本当に司法へ挑戦するという意識だった。そして、こう付け加えた。
「どこまで通じるかは分かりませんが、最終的に判決を下すのは裁判官のみですから」
私の言葉に過敏に反応したのか、彼の表情ががらりと変わり、鬼のように険しくなった。「あなたね、弁護士なしの裁判を舐めると痛い目にあいますよ」ときつい口調で返ってきた。
この言葉もごもっともだとは思った。しかしながら、現実は、弁護士は辞任し、受け手がないからこうなっただけと思いながら、彼の意図することは察していた。彼は仕事上、多くの判例などをあつかい、様々法律関係について熟知している人物だ。彼が、私の意見に真顔になるのは当然のことだろう。法を勉強してきた資格者は、絶対的優位であるということを言いたいのも分かっていた。ただ、その時の彼の言葉には、それ以上に、司法の聖域に素人が土足で入るのは危険だ、と言っているようにも聞こえた。
私は、彼を見て、こうこたえた。
「もう既に、司法からは見放され、痛い目にあっているのです。ダメージは計り知れないのです」
これは、彼からすると、予想外の回答だったのかもしれない。先程までの、熱くなっていた表情はおさまり、瞬きをし始めた。そういえば、彼には詳細を話してはなかった。彼が理解しているのは、弁護士なしで訴訟するという「スポット」な部分のみ。そう思った私は、一連の流れをもう一度彼に話した。首をかしげながら、聞いているようだった。彼がその時、私たちの司法をめぐる苦悩をどこまで理解したかは、分からない。ただ、しばらくの間沈黙が続いた。
しかし、彼は、こう付け加えるように切り出した。
「でもね、僕はやっぱり弁護士がいたほうがいいと思うよ」
彼が最後まで意見を曲げることはなかった。私は、「いたにこしたことはないですね」と返し、この会話を終えることにした。帰る間際に、彼は一言、これから、弁護士なしで裁判をするのであれば、「判例六法」を読むとなんらかの参考になるかもしれない、と助言をしてくれた。
彼は私の話を聞いて、本人訴訟に臨むわれわれのことを、少しは理解してくれたのだろうか。いやそんな簡単に分かるわけがない、と思いながら、私はその場を後にした。