司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

   兄は、これまでの経緯を踏まえ、腹を割った形で、電話口の向こうのS弁護士にこう切り出した。  

   「S先生が新しい裁判官の顔が見たいから、11万5千円出費せよでは、我々依頼人に11万の価値を説得できないと言っているんですよ」

 

   これまでの経過の中、2回目の法廷で、裁判官の不当な人払いをさせてしまい、その日は10分程度の審議。前々回、兄も出席したが、S弁護士と裁判官のやりとりはコピーのマーカー部分の色が黒いがなぜかとか、折れ曲がっている部分がどうとか、本件の審議すべき内容とは関係ない、くだらない話で時間をロスして話は何も進まなかった。前回、兄が出席し積極的に供述し多少話しは進んだものの、あんなものなら、11万5千4百円も払って弁護士さんに東京から来ていただかなくてもいい――。兄は、こうしたことを、S弁護士に率直にぶつけた。

   「たまたま今回は 、ラウンド法廷で、原告被告の直接対談という形式ですので、S先生には電話で参加してサポートしていただけばいいんじゃないでしょうか」

 

   こう言う兄に、S弁護士は口を開いた。

 

   「裁判というのは電話会議が特殊で普通、弁護士が直接行くものなんです」    その一言は、兄を呆れさせられた。

 

   電話会議というスタイルは、認められている。実際、今まで何回かそうしてきたじゃないか、何を今更、おかしな事を言ってるんだ――。すかさず、その疑問をぶつけた兄に、S弁護士は、「弟さんが窓口だと思っていたから・・・」と、気まずそうに語った。「窓口は私、そして兄弟みんなで方針を話し合って決めています」と兄。その後、しばらく沈黙が続いたという。    すると、S弁護士が、突然、切り出した。  

 

 「辞任します。色々ボタンの掛け違いがあって、信頼関係を築いて行くのは難しいと思いますので、もう辞任します。」  

 

 兄は、その言葉に、正直動揺したという。それは、やはり意外な反応だったのだ。こちらは、あくまで依頼者としての希望を伝えている、という気持ちがある。

 

   さらに、S弁護士とどめをさすようにこう言い放ったという。「ボタンの掛け違いで、信頼関係を築いて行くのが難しいと思いますので辞任します」という言葉を繰り返した。  

 

 「先生にそういうお気持ちがあることを、原告のみんなに伝えて返答します」。こういう兄に、S弁護士は、「結構です。私は辞任します。告知しましたからね」と、投げやりに言った。    「それでは、契約違反じゃないですか」と、言い返す兄。「あなたはそう思うかもしれないが私はそうは思いません。辞任します。もう告知しましたからね」と言い返すS弁護士。再び沈黙が続く中、S弁護士は電話を切った。  

 

 その時、兄は茫然としてしまった、という。話を聞き終えた私も、その時、愕然とし、絶望が襲いかかってきた。辞任は想定外であり、かつ、やはりその時、私たちにとって弁護士という存在は非常に大きなものだったのだ。

 

   これからどうすればよいのだろうか――。その日、出口を見出せない、大きな不安を抱えながら、私は、東京の古本屋街・神保町を歩き回った。



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