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 〈喧嘩犬から氏神様へ〉

 これまで地方弁護士は、「喧嘩犬」などと呼ばれたりしてきた。喧嘩自体が悪いことだから、カネを貰って喧嘩することも悪いことである。国から、喧嘩の代理人となることのできる資格を貰ったとはいえ、地方弁護士は、喧嘩犬に止まっていては寂しい。

 世の中も個々の人間も喧嘩や争いを求めていない。喧嘩の代理人を頼まなければならないことも求めていない。だから喧嘩の代理人的仕事は、一人一人の人間が利口になり、喧嘩をしなくなれば減り、いらない存在となる。またその上、人口の減少に伴い、喧嘩は減り、喧嘩の代理人だけでは、地方弁護士は食ってはいけない状況となってきている。これは喧嘩が不必要なものだから、その代理人も本当は不必要な存在というべき存在なのだから、いずれはそうならざるを得ないし、そうなるのが理想である。

 喧嘩、それ自体を誰も求めていない。社会も求めていない。紛争の一方当事者からカネを貰い、紛争の代理人となる商売は、弁護士という資格のある者だけに認められているが、その商売は「必要悪」という存在に止まり、地方住民にとって積極的にその存在を求める「必要不可欠な存在」ではない。

 多くの地方住民が賢くなり、喧嘩をしなくなったら、喧嘩犬と言われる弁護士の仕事がなくなるのは、当たり前である。地方で開業する弁護士が、真に地方住民から必要不可欠な存在と認めてもらうためには、そのサービスの提供は、必要悪というネガティブ(消極的)なものから、必要不可欠なポジティブ(積極的)なものに変えなければならない。

 その代表的なものは、「喧嘩犬から氏神様」への変革である。喧嘩犬から氏神様へ生まれ変わるということは、氷という固体から水という液体を通り越して、いきなり水蒸気に昇華するような変わり方である。

 「必要悪としての存在」から「必要不可欠な存在」に変るということは、昇華というほどの大変身であるが、いま地方弁護士はその大変身が求められている。地方で開業する弁護士が、地方住民から必要不可欠な存在と認識してもらうためには、個々の弁護士が変身しなければならない。青虫から蝶に脱皮しなければならない。令和の地方弁護士は、それを実現しなければ、その存在自体が危うい状態となりかねない状況にある。

 地方弁護士は、紛争の一方当事者からカネを貰い、闘う喧嘩犬という古典的な弁護士像から脱皮して、紛争の未然防止や、紛争の仲裁をしたりする調整役、つまり氏神様となって、地方住民から心の底から必要不可欠な存在と思ってもらわなければならない。

 氏神様は、その家の守り神であると同時に、地方の守り神でもある。カネを貰って喧嘩する喧嘩犬から、世の中で絶えず発生する紛争を未然に防止したり、紛争の仲裁をする調整役に変身すれば、地方で開業する弁護士の仕事は、「必要悪」から、いきなり「必要不可欠な仕事」に昇華することになる。

 地方弁護士は悩める人を守り、その家を守り、地方を守る氏神様にならなければならない。地方弁護士が、地方住民にとって必要不可欠な存在になるためには、喧嘩犬から氏神様に変身しなければならない。

 弁護士は公認された喧嘩犬として、公娼と同じように必要悪として存在してきたが、いつまでも喧嘩犬に満足していたら、地方住民から不要な存在として疎まれることになりかねない。この認識は、地方弁護士の商売面を考える時には忘れてはならない重要なポイントである。地方弁護士は、地方住民にとって必要悪から必要不可欠な存在とならなければならない。そのためには、喧嘩犬から氏神様へ変身しなければならない。


 〈闘争に明け暮れた日々〉

 地方で開業している弁護士に対し、「喧嘩犬」と言う人がいるのは、紛争の一方当事者から依頼され、カネを貰い、その代理人となって、他方当事者やその代理人と法廷闘争などに明け暮れてきたからだ。闘犬のようだと揶揄されているのだ。悪意でからかわれているのだ。だが、実際にそういう一面があることは否定できない。

 「田舎弁護士」つめて「いなべん」を名乗り50年を超えて、地方で依頼者からカネを貰い、紛争の代理人となって闘うという地方弁護士業をなしてきた身では、そう言われても仕方がない。

 昭和46(1971)年4月に宮城県仙台市でイソ弁となり、3年勤務した後、昭和48(1973)年4月に同県気仙沼市で独立開業し、平成元(1989)年まで同地で17年間営業した後、平成2(1990)年1月から岩手県一関市に事務所を移し、既に34年が経過した。イソ弁時代の仙台市で3年間を除けば、50年間地方都市の中でも人口10万人に足りない小都市で弁護士業を営んできた。

 この間、弁護士として、してきた仕事のほとんどは、民事事件では紛争の一方当事者からカネを貰い、その代理人となって他方当事者またはその代理人弁護士と、刑事事件では刑事被告人やその身内からカネを貰い、刑事弁護士となって検察官と法廷で闘うことだった。

 そのような代理人となって闘う仕事が増えに増え、常時300件、ピーク時には500件と信じられないような受任事件数となった。一日10件を超える裁判が予定されていて、訟廷日誌には用紙を貼り付けて補足しなければならないことが多かった。

 仕事を覚えるには、「短期間に沢山の仕事をこなすことが一番だ」という長兄のアドバイスもあり、必死に闘争に明け暮れた。一日10件もの法廷を賭け持ちするのは、ほぼ毎日だ。盛岡、花巻、気仙沼、仙台などと一日4カ所の裁判所を駆け回ることも珍しくはなかった。気仙沼市時代も、一関市時代も、弁護士仲間から驚きの目で見られるほどだった。仲間から見ても異常と思えるほどの事件数の代理人となって喧嘩犬のような生活に明け暮れていた。

 (拙著「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』から一部抜粋)


 「地方弁護士の役割と在り方」『第1巻 地方弁護士の商売――必要悪から必要不可欠な存在へ――』『第2巻 地方弁護士の社会的使命――人命と人権を擁護する――』『第3巻 地方弁護士の心の持ち方――知恵と統合を』(いずれも本体1500円+税)、「福島原発事故と老人の死――損害賠償請求事件記録」(本体1000円+税)、都会の弁護士と田舎弁護士~破天荒弁護士といなべん」(本体2000円+税)、 「田舎弁護士の大衆法律学 新・憲法のこころ第30巻『戦争の放棄(その26) 安全保障問題」(本体500円+税)、「いなべんの哲学」第1~14巻(本体1000円+税、13巻のみ本体500円+税)も発売中!
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