司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 来年2018年は、日本の憲法とこの国の将来にとって、極めて重要な年になる可能性がある。自民党は当初予定の年内の憲法改正の条文案のとりまとめを見送ったものの、年明けから作業を進め、早ければ来年秋の臨時国会での発議と同年内の国民投票に踏み切る話まで浮上していることが既に報じられている(12月21日付け朝日新聞朝刊)。

 

 こうした動きを推し進めている、いわば原動力が、一も二もなく、安倍晋三首相の改憲への強い「執念」であることは、メディアの報道を通じ、もはや多くの国民は分かっているはずである。自民党の憲法改正推進本部が12月20日に公表した論点整理では、9条について、例の1,2項を残して自衛隊を明記する首相案と、戦力不保持と交戦権否認の2項を削除して自衛隊の目的・性格を明確化する案が併記された。

 

 しかし、前記朝日の報道によれば、この二案併記は党内の首相案への異論に配慮したもので、首相案が党内では優勢で、「党内論議は首相の思い描いた方向に進みつつある」(同紙)というのである。首相の5月の自衛隊明記の意向表明で、9条議論が活発化、2項削除の改正草案を超えて、首相案が「現実論」として受けとめられ出した、という。

 

 このムードには、今年安倍政権周辺でさんざん使われ、いまや流行言葉のようになっている、「忖度」という表現を当てはめてみたくなる。もちろん、個々の自民党議員に尋ねれば、それなりの改憲必要論を述べるだろう。ただ、唐突な首相の意向表明から前記したような現状までの流れを見れば、彼らを本当に突き動かしている「現実論」とは、何なのかと問いたくなるのだ。有り体にいえば、もし、改憲前のめりの安倍首相でなければ、あなたは今、この案を「現実論」として、来年の発議を目指しているのか、そもそもそこまで今、改憲を自らの政治的なテーマにしていたのか、と。

 

 首相がしきりと強調する「2020年」には、在任中の「改憲」という「個人的」と付したいような、彼の改憲への熱意と野望があることを明らかだ。前記朝日は「改憲を発議する権限は国会にある。行政府の長である首相が自らの案の期限を切って示し、強引に進めるようなら筋違いというほかない」「改憲は首相の都合で決めていいものではない」と、ある意味、当然のことを言わなければならなくなっている。前記自民党議員たちも、その当然のことを重々承知しているということを踏まえたうえで、彼らの言動をみる必要がある。

 

 慎重姿勢といわれる与党・公明党が、どこまで筋を通すかはもちろん未知数。しかも、前記報道のなかでは、自民党の中には、いまや公明の腰が重たくても、議論を進めるべき、だとの意見まで出始めている、という。

 

 しかし、朝日が直言していない不安要素は、実は国民にあるように思う。国民は、この現状にどういう目線を向けているのだろうか。いうまでもなく、「国民の理解」とか「納得」ということを、安倍首相を含め、改憲を推進する人たちは口にする。最後は国民だと。

 

 だが、彼らがそれをきっちりとやるかどうかを、われわれ国民は厳しい眼で見る構えが出来ているだろうか。北朝鮮情勢などを掲げた論調に9条改正の必要性に納得する人がいる人もいるだろう。しかし、それは正しい前提を踏まえたうえでの納得でなければならないはずだ。一方的な判断材料ではなく、国民がフェアに吟味できる状況がいる。そもそも国民はそこにこだわっているだろうか。改憲に無関心ということであれば、本来、差し迫った改憲の必要性への疑問としてカウントされてもいい。しかし、それも理解や納得の外で、改憲への流れの歯止めにはならない。

 

 安倍政権は国民の理解、納得不足があったとしても、それを「忖度」などしない、と考えるべきだ。国民はいまの安倍政権と自民党議員の姿から、国民を「忖度」しないであろう、彼らの改憲への姿勢を、果たして緊張感をもって読み取っているだろうか。特定秘密保護法、安保関連法、「共謀罪」法を押し通した安倍政権を見ていながら、なお今年の衆院選挙で安倍自民を大勝させた国民の、まさにそれが不安要因といわなければならない。



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