司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>




 

 ウクライナ戦争を日本人はどうとらえたか、あるいはとらえようとしているのか――。このことを考える時、なにやら釈然としない、もやっとした不安感に襲われる。それは言ってみれば、多くの日本人が、この戦争の当事国をわが国に置き換える視点のなかで、大事なことを見落としてしまうのではないか、という不安であるといってもいい。

 ロシアの行為を許されざる「侵略」ととらえることについては、彼らの言うところの「大義」への評価は分かれたとしても、「侵略」戦争が手段としての妥当性に欠くというところまでは、わが国の論調は大方同じ方向を向いている。また、それが国際紛争解決の手段として、戦争を完全否定した日本国憲法の平和主義の精神に合致するととらえるところまでも、それほど異論がないようにみえる。

 問題はむしろ対ロシアではなく、対ウクライナへの評価だ。もちろん、前記方向性の論調から、その先にウクライナの「防衛」的な闘いと徹底抗戦の正当性を導き出し、さらにそこに明日のわが国を当てはめ、日本の防衛力増強や憲法9条の「現実化」(の口実)につなげる論調は存在する(「ウクライナ戦争で突き付けられた9条をめぐる『選択』」)。

 だが、ウクライナのとった行動には、私たちが避けて通ってはいけない、極めて現実的なテーマが別にある。それは、国家による国民の「防衛」戦争への動員である。ゼレンスキー大統領は、市民への武器提供とともに、総動員令によって18歳から60歳のウクライナ人男性の出国を原則禁止することを打ち出した。出国禁止の解除を求める請願に対し、「祖国の防衛は市民の義務」と否定的な回答もしている。

 私たちの日本国憲法の立場、平和主義、民主主義、市民的自由という観点から、さすがにこれは看過できない、という視点が、果たして私たち国民の側には、どれだけあるのだろうか。いや、むしろ前記9条改変や緊急事態条項設置の積極的論調は、まさに、このゼレンスキー大統領の発想を、当然のものとして受け入れる日本国と日本国民が、射程に入っているととれる。そのことへの危機感は私たちにどれだけあるのだろうか、という問題なのである。

 「犠牲を問わない戦争は、かつての日本や旧ソ連にはなじみ深いものだ。だが、個人の生存は国に先行する価値である、国は個人のために存在する、という今日の欧米の国家観からは出てきにくいものだ。この国家観の下では、国が国民に及ぼし得る犠牲には限度がある。そしてそうした個々人の命の重みの上にこそ民主主義も成り立つ」

 8月12日付け朝日新聞朝刊オピニオン面で、政治学者の豊永郁子氏が明快にこう語っている(「ウクライナ 戦争と人権」)。そして、この価値観に絡んで、今回のウクライナ戦争に対し、結束を強調する欧米の指導者の間にも温度差があり、英米・中東諸国のロシア敗戦までの戦争継続論に対し、独仏伊の交渉による解決論があることや、領土を失っても早期停戦を望む厭戦的世論が欧州10カ国の世論調査で多数であったことも紹介している。

 つまり、祖国・領土防衛を絶対的正義として、それを当然のごとく振りかざして、国家が国民を動員して、その犠牲を強いることまでを「正義」とすること、あるいはそうした国家観が必ずしも諸外国で通用しているわけではないのである。

 「国のために戦いますか」という問いに、日本人が「はい」と答えた率は世界最低の13%だったことが、一部で話題になり、それを否定的な意味で戦争放棄条項がある憲法を有する国の国民の意識として、つなげている見方もある(PRESIDENT Online)。しかし、戦争放棄条項だけでなく、民主主義や市民的自由といった価値観からは、むしろそれは、最も健全な発想であるという面が注目されてもいい。

 少なくとも「愛国」の名のもとに、祖国防衛の戦争に強制的に動員され、あるいは犠牲となることを、国民の当然の義務と考えられない日本人や、それを導き出すとされる日本国憲法を、「非常識」とするような見方を、当然視するような話ではない。

 かつての日本の戦争遂行精神の「母胎」となったとされる教育勅語には、以下のような一文があった。

 「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ、以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」(非常事態には大義に勇気を振るい、国家に尽くし、天地とともに無限に続く皇室の運命を翼賛すべき)

  「祖国の防衛は市民の義務」として、国民を戦争に動員して、当然のごとく国家の犠牲にする発想こそ、日本国憲法を有する国の国民が敏感に反応すべき、ど真ん中のテーマであるように思えてならないのである。



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