司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 記憶をたどっていくと、兄が帰国する直前くらいだっただろうか、民事裁判事件を担当している裁判官が、変わったという連絡がきた。当初、頭に過ぎったのは、兄が以前、裁判所に「クレーム」を入れた時のことだった。全くの素人考えだが、何かそのことがこの異動に関係したのではないか、と根拠もなく、つい連想してしまったのだ。もちろん、一般素人が発した一言が通るとは、考えにくかったが、一応、身近にいた法曹関係者の方に、今回の異動をどうみるべきか効いて見た。

 普通の人事異動ですな」。案の定というべきか、その元法務局に勤務していた、私のクライアントは、あっさりとこたえた。素人感覚からすると、継続中の民事裁判で裁判官が変わるということには違和感がある。私が念を押すように、「民事裁判中の最中に、なんらかの区切りもなくて、異動するなんてことは普通のことなのですか」と尋ねると彼は、高笑いをしながら、さらりとこう言った。「そりぁ、あるよ、裁判所も組織だからね」。

 正直、複雑な気持ちだった。裁判官が変わることで、何かこの裁判で影響が出てこないか、という気持ちがなかったわけではないが、前任の裁判官の印象があまりにも、好ましくなかったため、「残念」という感情は全くなかった。むしろ、引き継ぎ作業もあると思うが、今度の新しい裁判官は、この案件をまともに扱ってくれるだろうかと、そちらの方が気がかりだった。

 一方、そのころ審議内容も変化がないようには思えたので、今後の民事裁判の動向について聞くために、S弁護士の事務所を訪ねた。動向といっても、漠然とした現状の流れを聞くというものではなく、むしろ水面下で相手側弁護士との間で何か協議しているのかを聞きたかったのだ。

 しかし、S弁護士の回答は、こちらの期待に反するものだった。

 「特に、話し合いなどしていませんよ」

 私は、「お互いの手の内を見せないにせよ何らかの話を交え、ある程度、相手の出方を探ったはしないのですか」と尋ねたが、S弁護士は、「いえ、しません」と、さらりとこたえた。その時、S弁護士は、その理由として、話し合いを持ったりすると、情などが出て好ましくない、といった趣旨の説明をされたように記憶している。実は、このセリフを聞くのは二回目だった。以前、兄とS弁護士を尋ねたときも、そういっていた。S弁護士の流儀というか、やり方なのかと理解したが、私たちには正直、よく分からない説明ではあった。

 しばらく沈黙が続く中、珍しく、S弁護士は、なぜか昔の「武勇伝」らしき経験した話を始めた。自分が行政と係争したことを、私に誇らしげに語り出したのだ。ある地方に行き、大変苦労した戦いだった、とのことだった。話の内容は、正直、今、ほとんど覚えてない。ただ、思えば、この頃くらいから、S弁護士の勢いに、はっきりとした陰りが見えてき始めてきていたように思う。

 「行政とはそういうものです」。なぜか彼の「武勇伝」のなかで、この言葉だけが、心に残った。そして、私はその言葉に、何やらこの訴訟に対する、S弁護士のかすかな「疲れ」、あるいは「嫌気」のような感じを読みとっていた。それは、オブラートに包んだ感じで、私たちを説得しょうとするような姿勢にも見えた。

 このことは、私自身が勝手な感覚で受け取ったことなので、この時は、家族には口外せず、私一人の胸にしまっていた。今、振り返ると、S弁護士は、事実この時、自分の描くシナリオ通りにことが進まないため、すでに疲れていたのか、あるいは別の圧力がかかっていたのではないか、と思う。

 私自身、その話について、少し首をかしげながら聞いていると、この空気を察知したのか、S弁護士は急に目を見開いて、「もちろん、納得のいかない判決がでれば、即、控訴しますから」と付け加えてきた。

 それから兄が帰国した後、S弁護士から地元へ行きたいと申し出があった。何のために行くのか、裁判のための調査をしたという証拠つくりではないだろうか、そんな話を兄としながら、とりあえず、今回は、了承することにした。具体的に要件を伺うと、S先生は、地元の空港で私たちの家族と会うだけで十分である、ということだった。父親と兄は、S弁護士と空港で落ち合い、空港内の喫茶店行き、S先生は、父親の生い立ちなど聞き、再び東京へ戻っていった。父親の陳述書作成のため、ということだった。

 父親の生い立ちや生活スタイルをまとめた文章であれば、正直、電子メールでも十分やり取りはできた。と同時に、裁判外で、往復・飛行機の交通費、日当、これだけのために足を運んでくるとはいかがなものか、そんな疑問も湧きあがった。このころだっただろうか、私の中の嗅覚が騒ぎだしたのは。そして、妙な胸騒ぎを感じ始めたのは。



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