司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 
 S弁護士に依頼するために、私は再び彼の事務所に向かった。待ち遠しかった、民事裁判への「夜明け」が、ついに来たといった思いが湧きがってきていた。

 弁護士事務所でS弁護士に会うと、私は開口一番、再度くどいようだが、「大丈夫ですよね、戦えますよね」と念を押した。彼は、きっぱり「はい」と即答した。私の中に存在した、すっきりしないモヤモヤ感が完全に消え去った。これでようやく、民事裁判に向け、本格的に前進できると思った。

 当然のことながら、早速だがS弁護士からは、弁護士費用についての説明が始まった。一番重要な部分なので、私も気分を切り替え、真剣に話を聞いた。見ると、彼は何やら手帳を取り出し、その手帳に書かれていることを読みながら、説明を続けている。おそらく、弁護士会が作成しているものかと思うが、弁護士報酬規定についての内容だった。

 「弁護士報酬規定の目安をもとに、着手金は頂きます」

 やや場の空気が変わったような気がした。緊張したのは、最後になって、弁護士と依頼者が、報酬をめぐり、もめるケースがあることを聞いたことがあったからだった。

 「具体的にいくらになりますか」
 「まぁ、そうですね、着手金ですが、基本的に報酬会規に掲載されている額、59万円でやりたいと思いすが、よろしいですか?」

 彼は、物静かに聞いてきた。私の顔色を伺いながら、聞いてきたようにも見えた。私は異を唱えることもなく、「はい、わかりました」と即答した。

 その時、彼の表情も安堵したように見えた。私自身、日々の外回りの営業で場数を踏んでいると、こうゆう金銭に絡む交渉の場では、無意識のうちに相手の心の内を、見通すことができるようになっていた。ここはもしかしたら、「交渉の場」だったのかなと一瞬、彼の表情を見て思った。しかし、ここは踏み込まなかった。S弁護士に、気持ちよく引き受けて頂きたいという思いが、先に立っていたのだった。今、思い返してみれば、これも、やっと見つけた弁護士に対する、感情だったと思う。

 しかしながら、おカネの話は、それで終わらなかった。

 「あとは、とりあえず実費でプラス10万円ですね」

 彼は、さらりと言ってきた。

 「まだ、着手金のほかにとるお金があるのですか。実費?」
 「これは、通信費とか印紙代になります。」

 弁護士費用といっても、その中身について、自分がいかにイメージできていなかったのを痛感した。考えてみれば、当然、予想される諸費用を考えていなかったのだ。自分が携わるすべての時間には金が絡むという「ビジネスの鉄則」は、理解しているつもりだったが、いつのまにか弁護士という仕事と切り離してとらえていたのかしれない。弁護士はビジネスだったのかと、何やら当たり前のことを気が付かされたような思いだった。

 こちらもラーニングコストの見直しと見通しを立て直さないといけないと思った。長期戦になった場合のことを、視野にいれながら考慮すると、厳しい現実が待っているんだなと、リアルに想像すると、ぞっとするような気持ちになった。今後の財政面での不安を払拭するため、これは、着手金以外にかかる、おカネについて、S弁護士にこの場で、詳細に聞く必要がある、と、心に決めた。



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