司法ウオッチ<開かれた司法と市民のための言論サイト>

 

 「和解」を選択するという、こちらの決定に対し、裁判官は、了承しましたという感じでうなづきと、話を前に進め出した。今度は社協側の意向をただす番である。伏せていた顔を上げると、社協側に向かって、「どう致しますか」と投げかけた。

 

 果たして、どう転ぶのか、と彼ら反応を注視したが、その一方で、私は現在の状況が、これ以上、この裁判を延ばすことができるムードではなくなってきていることを感じていた。既に、裁判所は相手側の女性弁護士の妊娠を考慮した、迅速化する姿勢を示している。迅速化はいわば相手側の都合であり、それを考えると、この裁判をできるだけ早く終えること自体が、既に裁判所と社協側の共通の方針ではないか、という感じも受け取れたのだ。

 

 案の定の反応が、即座に返ってきた。社協弁護士は、下を向いたまま、和解するという方針に対し、「はい」と短く答えた。社協関係者間での話し合いや意向確認は、一切なく、この弁護士の即答に対し、とまどう様子をみせたものは誰もおらず、ただ、どんよりとした空気だけが、裁判所の一室に流れていた。やはり、既に答えはかたまっていたのだ、と思った。

 

 裁判官、再びこちらを向き、われわれに対し、やわらかい声で、尋ねてきた。

 

 「これで以上ですが、ほかに何かありますか」

 

 その言葉は、とてもあっさりしたもので、そのときの私の心境とはかけはなれた響きを持っていた。まだ、話すべきことは沢山あるに決まっている。いや、私たちには、まだ、やるべきことがある、のだと。ただ、それは、もはやここで決着できることではない、とも感じていた。

 

 では、それは何か――。それは、一口にいえば、社協側に対する不信感と、今後の展開への不安感から来るものだった。私は、これまでの彼らの行動からして、ここで和解にしても、彼らがきちんと入金してくれるのかが、引っかかっていた。和解後、社協と被告側がの仲たがいすることも警戒していた。和解金を手にするまで、とても安堵するような心持ちでは、正直、なかったのである。

 

 そう思った私は、たまらなくなり、裁判官に対し、やや強い調子でこう言っていた。

 

 「和解金の支払いは、分割とかではなく、一括即金での支払いをお願いします」

 

 裁判官は、これまたあっさりとうなづき、社協側へと確認。社協側もあっさりと「翌月、振込みます」と答え、そして、提示された和解金の線で和解は進み、この裁判は幕が閉じることになった。

 

 正直、裁判官と相手側弁護士の間の、出来レースのような臭いが、この展開には染みついていたが、その時は、もう、どうでもよいという気持ちにもなっていた。これは、最終的に父の意向であり、選択だ。民事裁判の闘いを終え、損害賠償金額については、一旦区切りをつけたことに、父親をはじめ、姉たちも、明らかに安堵した様子をみせた。これはこれで十分よかった。

 

 しかし、その裏腹に、複雑な感情も湧き出ていたのは事実である。自身の本心は、本当にこれでよかったのか。この世に、もしもはない。しかし、もしも、判決を望んでいたら、結果はどんな判決になっていたのか。私は、父の安堵した表情に納得しながらも、そんな気持ちを抱きながら、裁判所をあとにした。

 

 こんな複雑な感情も、今にしてみれば、そばにいる弁護士に問いかけることができない、本人訴訟当事者の宿命なのかもしれないと思う。

 

 一心不乱に、民亊裁判を文字通り自力で闘った二年弱だった。しかし、民事裁判が終結しても、私たちには、まだもうひとヤマ、越えねばならない、明確に追求せねばならないことが、横たわっていたのだった。



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